東京・白金台にある東京都庭園美術館。都心であることを忘れそうな森と庭園に包まれた建物は、晩秋の美しい紅葉をまだ残しながらも、静かな冬の季節を迎えている。このクラシカルな本館の建物が誕生したのはおよそ90年前の1933年。皇族であった朝香宮(あさかのみや)の自邸として建てられたものだった。

東京都庭園美術館(旧朝香宮邸) 本館 正面玄関

美術館庭園と茶室「光華」(本館とともに重要文化財)

アール・デコが全盛期であった頃にはるばるフランスを訪れた朝香宮夫妻は、その様式美に魅せられる。そして自邸建設の時にはフランス人装飾芸術家のアンリ・ラパンに主要な部屋の設計を依頼するなど、アール・デコの美しさを積極的に取り入れた。当時、こうした宮廷の建築は国の宮内省(くないしょう)の内匠寮(たくみりょう)と呼ばれる設計のプロフェッショナルたちが担っていたが、彼らは日本伝統の高度な職人技も駆使。朝香宮夫妻の熱意、そして日仏のデザイナーや職人が総力を挙げて作り上げた芸術として「朝香宮邸」は誕生したのだった。

東京都庭園美術館 本館 二階広間 照明柱

その後、朝香宮邸は1983年に東京都庭園美術館として一般に公開。建築のデザインはもちろんのこと、内部の壁や天井、鉄やガラスの繊細な意匠、照明や家具、水栓の金物など、細部まで粋を極めた装飾が残され、今に伝えられてきた。展覧会の作品と建築が互いを引き立て合いながら私たちを魅了する、それがこの美術館の贅沢さだ。

東京都庭園美術館 本館 大客室 シャンデリア(部分)《ブカレスト》 ルネ・ラリック作

鉄とガラスは、アール・デコやそれ以前に流行したアール・ヌーヴォーの頃に、新しい時代を象徴する素材として人々を魅了し、さまざまな装飾美術の試みがされてきた。ここ朝香宮邸もまたシャンデリアやレリーフなどに、当時のデザイナー、アーティストたちが手がけた鉄とガラスの意匠が多く使われている。

東京都庭園美術館 本館 大客室 扉上タンパン レイモン・シュブ作

現在開催中の「そこに光が降りてくる 青木野枝/三嶋りつ惠」展は、まさにこの鉄とガラスという2つの素材を扱う二人の現代美術家がこの美術館の建築、さまざまな装飾空間と対話しながら作り上げたもの。青木野枝は鉄を使って空間に線を描くように彫刻で表現の地平を切り拓き、三嶋りつ惠は無色透明のガラス作品を通して場のエネルギーを掬い取るように光に変換してきた。

左:青木野枝 ポートレイト(撮影:砺波周平)/右:三嶋りつ惠 ポートレイト(撮影:Francesco Barasciutti)

二人に共通するのは「光」に対する特別な想い。

重厚な素材である鉄も、それを溶かす時には内部から「透明な光」が現れるという。青木はそこから様々なインスピレーションを得てきた。そして三嶋は、私たちの身の周りにあふれている光の表情に心を寄せ、ガラス作品を通して「光の輪郭」を描き出そうと試みてきた。

展示風景 東京都庭園美術館 本館 大客室・青木野枝《ふりそそぐもの/朝香宮邸ー1》(2024)
展示風景 東京都庭園美術館 本館 ベランダ・三嶋りつ惠《INFINITO》(2023)

冬の朝香宮邸は、昼間は柔らかな自然光が差し込み、夕暮れになると室内の照明が優しく灯る。刻一刻と変化する光の表情と、それにつれて移りゆく作品の印象。この季節だからこそ感じられる自然と建築とアートの響き合う風景に、日常の慌ただしさを忘れて浸ってみたい。

東京都庭園美術館 本館 正面玄関 ガラスレリーフ扉(部分)ルネ・ラリック作

美術館本館を入ってまず最初に迎えてくれるのはアール・ヌーヴォー、アール・デコの時代に活躍したフランスのデザイナー、ルネ・ラリックの作品。女性たち向けのジュエリー作家としてパリ万博などで名声を博した彼は、のちにガラス工芸の分野でもその才能を発揮する。当時まだ新しかった優美な香水瓶のデザインなどで人気を集めたこのラリック作品と呼応するのが、三嶋りつ惠の《香》そして約40点のガラス作品からなる《光の海》だ。

展示風景 東京都庭園美術館 本館 来客用化粧室・三嶋りつ惠《香》(2024)

香水瓶を思わせる三嶋のガラス作品が洗面を彩り、壁面を飾るブロンズ製の椿の花と呼応する。歴史を重ねた装飾が息を吹き返し、まるでかつての宮家の暮らしの温もりさえも感じられるかのようだ。

展示風景 東京都庭園美術館 本館 大広間・三嶋りつ惠《光の海》(2024)展示風景

現在京都とヴェネツィアに拠点をおく三嶋りつ惠。千年にわたってガラスの伝統技術を受け継ぐヴェネツィアのムラーノ島で、工房のガラス職人との協働で作品制作を続けている。ヴェネツィアン・グラスといえば色鮮やかなイメージがあるが、彼女は15世紀に発明されたクリスタッロと呼ばれる無色で透明度の高いガラスにこだわり、周囲の景色を映しだすような独自の作品を生みだす。

炉の中でまるで蜂蜜のように溶けたガラスに、重力や遠心力を活かして作られるさまざまなかたち。偶然を取り込み、即興性を交えて生まれる作品を、作家は「炎の果実」と呼ぶ。

三嶋りつ惠 制作風景《FONDO DI LUCE》(撮影:三嶋りつ惠)

炎という光から生まれ、やがて光を映し、光を放ち、空間をも変容させる力を持つ三嶋りつ惠の作品たち。熱く輝く炎を使って素材に生命を吹き込むという点では、青木野枝が扱う鉄も同じだ。青木は鉄のかたまりがオレンジ色に熱せられ、それが外側から冷めていくときに、外は黒いのにその内側にまるで鉄が透明であるかのようにまだ熱い光が見える一瞬があると語る。彼女は工業用の鉄板を溶断して線や円を切り出し、作品を制作していくが、この炎と光、熱の存在があるからこそ長年鉄を扱うことを続けていられるのだという。

青木野枝 制作風景(鉄の溶断)(撮影:砺波周平)
展示風景 東京都庭園美術館 本館 大食堂・青木野枝《ふりそそぐもの/朝香宮邸ーⅡ》(2024)

ひとつひとつ自らの手で、まるでドローイングを描くように鉄の円を溶断し、それを組み合わせてできる作品。その形はたとえば空気中の水蒸気や靄、私たち人間を構成する分子や原子、あるいは天体などあらゆるものが球であるというイメージから生まれたもの。目には見えないけれど私たちを取り巻くさまざまなもの、それらを可視化するように彫刻が作られていく。

展示風景 東京都庭園美術館 本館 第一浴室・青木野枝《ふりそそぐもの/朝香宮邸ーⅥ》(2024)鉄と石鹸で作られたちょっと可愛らしい彫刻

青木野枝の大型作品は、作品を展示する空間との関係性から考えられ、組み上げられたもの。展覧会が終わればそれは解体される運命にある。この朝香宮邸の建築、そして展示空間ごとの景色からしか生まれ得ない「場」のインスタレーションを、ぜひ体感してみたい。

展示風景 東京都庭園美術館 本館 ウインターガーデン
左:青木野枝《ふりそそぐもの/朝香宮邸ーⅧ》(2024)/右:三嶋りつ惠《HELIOS》(2024)

本館の1階と2階、そして3階のウインターガーデンや新館にまでおよぶ展示を通して感じるのは、まさしく「そこに光が降りてくる」のタイトルにあるような光の優しさと陰影の美しさ。それらが創りだす、時に神秘的なまでの瞬間の数々だった。ここには、まるで美術館全体が作品であるかのような、ほかとは違う鑑賞体験がある。

展示風景 東京都庭園美術館 本館 二階広場・三嶋りつ惠《光の場》(2019)(部分)

展覧会「そこに光が降りてくる 青木野枝/三嶋りつ惠」

会場:東京都庭園美術館(東京・白金台)

会期:2025年2月16日(日)まで

開館時間:10:00〜18:00(入館は閉館の30分前まで)

休館日:毎週月曜日および年末年始(12月28日〜1月4日)※ただし1月13日(月・祝)は開館、1月14日(火)は休館

詳しくは美術館公式サイトへ

https://www.teien-art-museum.ne.jp

※記載情報は変更される場合があります。

※最新情報は展覧会公式サイトをご覧ください。

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