友人が訪ねて来たら連れて行きたいお気に入りの飲食店が誰にでもひとつはあります。街の人々に愛され、みんなが通い続けるレストランこそ、胸をはって紹介したい“わが街の味”。この連載では、そんな街で人気のレストランを紹介してます。今月は世田谷の静かな住宅街・尾山台。有名なパティスリーが集まるこの街で、住民に愛されるフレンチレストラン『a Bee』を紹介します。
紹介する街●尾山台
【フレンチ】 a Bee(アベー)
食材の美しい味わいに
豊かな時間を過ごせる
住宅街のレストランには、“その街の香り”のようなものがある。街が持っている個性や住民のライフスタイルを映し出すからかもしれない。それこそが様々な人が交差する都心のレストランにはないひとつの魅力となっている。
東急電鉄大井町線尾山台は、小さい駅ながらも古くから高級住宅街として知られている。そして、日本の洋菓子の歴史を物語る上で欠かせない老舗パティスリー『オーボンヴュータン』があることでも有名だ。この街に2013年にオープンしたフレンチレストラン『a Bee』もまた、街に寄り添うように個性を放っている。
店名の由来は、オーナーシェフである阿部篤志さんの名前と羊やヤギのフランス風の鳴き声からきているのだとか。
阿部さんは大坂のフレンチレストランで修行後に、渡欧。ベルギーの名門ホテルやパリのレストランで料理の腕を磨き、アルザスのチーズ農家やシャルキュトリ、ワイナリーなどでも経験を積んだ。なぜ料理だけに留まらない経験をもとめたのだろうか?
「いつか自分で店をやろうと考えていましたので、短い滞在期間に多くのことを学びたかったからです。それに、レストランの厨房だけでは分からない、フランス人が日常的にどんなものを食べているのかということも知りたかったんです」と話す。
そんな阿部さんが作るのは食材をリスペクトした料理だ。ヨーロッパ滞在中から、生産者を訪ね、食材をよく理解して料理に使うというスタイルを続けてきたという。日本においてもそのスタンスは変わらず、自身の店でも実際に訪ねたことのある生産者の食材を使っている。
出身は鳥取県境港。海あり、山あり、豊富な食材に恵まれた鳥取の出身というのは料理人としての強みでもある。地元・境港は国内有数のカニの産地として知られ、気心の知れた友人が冬のカニを始め。質のいい魚介を送ってくれる。手に入りにくいハーブや野菜は実家に頼んで作ってもらうという。
コースの一品から紹介してくれた「銀鮭のマリネ」で使われている銀鮭も友人が育てている鳥取産だ。とても透明感のある銀鮭の味わいにも驚くが、そこに重ねたハーブや柑橘が呼応して、涼やかな夏の一品に仕上がっている。もうひとつはサーロインのロースト。「フランスの牛の肉質に近いので選びました」という鹿児島の牛肉は、脂が少ないので食べた時に軽やかで、赤身の風味も豊かだ。酸味の効いた赤ワインソースが最後に味を引き締めてくれる。
このステーキを提供する水滴のようなディテールの皿にもストーリーがある。これは日本三大瓦の一つ、島根県の石州瓦(せきしゅうがわら)でできている。時代と共に瓦を使う家が減ったこともあり、メーカーが新しく食器などを手掛けるようになったのだという。それを知った阿部さんが作り手に会いに行ってオーダーしたものだ。
「瓦と同じ素材なので、保温性が高いです。料理が冷めにくいので気に入ってます」という。
カウンターの奥には本が並んでいるが、それが料理の本だけでないのも興味深い。
「哲学が好きなんです」と笑う阿部さん。ゲストとの会話でもそんな話が出ることもあるそうで、どこかアカデミックな香りが漂うのも尾山台という街の個性かもしれない。
阿部さんが尾山台を選んだのはたまたま物件があったからというが、『オーボンヴュータン』に来たことがあり、尾山台のことは以前から知っていたという。落ち着いた街の雰囲気は『a Bee』のシックな雰囲気ともよく似合っている。ここはきっと街と共に熟成していく、そんなフレンチレストランなのだろう。
a Bee
アベー
住所:東京都世田谷区尾山台3-24-11 第10大浦ビル1F
電話:03-3701-6930
営業時間:12:00~13:00(LO) 18:00~23:00(22:00LO)
定休日: 火曜、水曜のランチ
ランチコース5445円(2日前までの要予約)、ディナーコース5720円~
緊急事態宣言中はランチ、ディナー共に1組で営業
※新型コロナウイルス感染拡大等により、営業時間・定休日は変更になることがあります。事前に店舗にご確認ください。
※掲載価格は税込価格です(2021年7月現在)
(取材&文・岡本ジュン 撮影・マツナガナオコ)