朝晩の冷え込みに、四季の変化を感じる今日この頃。

空は高く、山の稜線にはうっすらと紅葉の暖色が混じっている。

今、私がキーボードを打つパソコンの液晶画面の向こうには、夕暮れに染まる興福寺の五重の塔と、重要文化財「南円堂」の宝珠が西陽を受けてまさに輝いている。


仕事で訪れるこの奈良の地の空を見上げると、いつにもまして「悠久」という言葉を噛みしめる。そして、宝珠が指し示すこの空だけは、どのような時の天変地異にも、政変にも、そして疫病にすら動じず、変わらずそこにあるのだという普遍的事実にひとり思い馳せることになる。


今回いけた菊。この花が今のところ日本の書物に初めて登場するのは、都がここ奈良から京へと移った平安時代のこと。
平安時代に書かれた歴史書「類聚国史(るいじゅこくし)」に初見される。
その中に、時の桓武天皇が詠んだ歌がある。


「このごろの しぐれの雨に 菊の花 散りぞしぬべき あたらその香を」

私訳:この頃降り続くしぐれ雨に、菊の花が散ってしまいそうだ。その菊の香までも去ってしまうことが惜しくてならない





広くみなさまがご存知のように、菊は長く日本人に愛されて来た。
今でこそ仏花の印象が強いが、「重陽の節供」に菊を用いて健康長寿を願うように、大陸から伝来ののち、その生活儀式の中で香りと共に日本文化の中で楽しまれて来たようだ。




これはあくまで私見ではあるが、おそらく平安時代以前、ここ奈良に都があった時代から、菊は日本の大地に咲いていたのだと考えている。


遣隋使・遣唐使が盛んに行き来し、隋や唐の文化を流入させる中で、菊の花ほど香りの強い雅な花を彼らが日本に持ち帰ろうとしなかったとは考えられないからだ。

「重陽の節句」という長寿健康を願う行事を大陸から輸入した奈良時代、その時、きっとこの花もまた人知れず日本にそっと根を下ろしたのだろう。

私は私的に、菊の花日本初上陸の地は、ここ奈良の地である説を唱えたい。

菊が日本に根を下ろしたその後、日本の都は疫病、相次ぐ政変、地震などの天変地異が続き、都を京へ移すと共に、やがて遣唐使も廃止される。

その時、海外からの豊かな文化と人々の流入が止まった。
そして漢文体はそのなりを潜め、やがて日本人はひらがなを生み出すことで自ずから新たな文化を生成して行くことになる。





この2020年の今を、どこかで私はこの奈良〜平安期と重ねてしまう。

コロナという疫病がはやり、相次ぐ大雨の天災が列島を襲い、時の政治は「空白を作らない」という理由で予期せぬ変化を強いられる。
やがて人々は都を離れ、インターネットという文明を駆使しリモートワークの名の下、好都合な地方へその拠点を移しつつある。
かつての「遷都」ならぬ、「現代版:個別に遷都」とでもしておこうか。



であるならば、その先に生み出されるものはなんだろうか。

かつての日本人がひらがなを生み出し、独自の和歌を生んでいったように今を生きる私たちもまた、新たな文化を紡ぎ出すまさにその時に生きているのかも知れない。


奈良の地に咲く野紺菊を、宝珠のような器にそっと入れる時。
それは一つの祈りにも似た、悠久の時を想う瞬間でもある。

菊になぞらえて、今宵はそんなことを想う。

虫の音が響き、ほのかに肌寒くなった野に咲く菊を探していけてみると、思いのほか心地よい秋の時間が待っているのかも知れない。

器:谷口晋也  作
http://www.taniguchi-toko.com



野紺菊をいけるコツ

野辺にも、町の花屋にも、秋の色香にあふれた菊が出揃う季節。

まずは、自身の気持ちのモードと、飾る場所や器を想像しながら、色と種類を選ぶ。

花が一輪のものか、あるいは一つの茎に小花がいくつも咲くものか、菊花の形にも注目すると丸いものから、花弁が八重のものなど菊のバリエーションは案外多い。

探す楽しみの多い花である。

花を選んだら、バケツや深めの器に深めに水を張り、水切りをして花にたっぷりの水を吸わせる。

この際、菊は刃物を嫌う花なので、できれば茎を手指で手折るようにして折り、その後水に入れる。

可能であれば半日ほど水につけておくと状態はなお良く花に張りが出る。

これを花養生とでも言いましょうか。大切な部分です。

器に花をいける時には、花の顔が自ずと良く見えるように意識していけてあげると花の表情が特段に映えて良い。

あとは、好きにいけてあげれば良い。

その際、部屋空間の中での風や空気の気流を意識して、気流の「上手」に花と器を配置すると、部屋やその空間全体に菊香が仄かに香り広がる。

ご自身の気持ちのモードと住まう場所を想いながら花いけを楽しんでもらいたい。


Takayuki Tanaka :flower artist

田中 孝幸

大学卒業後、出版社を経て花の世界へ。花卸売市場勤務時代にベルギーのアーティスト:ダニエル・オスト氏と出会い、師と仰ぐ。世界遺産などの展示で協働後、独立。空間デザイン・ランドスケープ・国内外企業とのコラボレーション・アートプロジェクト・広告・雑誌連載など多岐に渡り活躍。練り上げられたコンセプトを軸に、革新的手法で花植物を“極限美”へと昇華させることで、世界に新たな“物語”を生み出すことを創作のテーマとする。

公式サイト:https://takayukitanaka.com

インスタグラム:@tanaka.takayuki.uf

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