日本最大級の湧出量を誇る別府温泉は、知らない人はいない老舗の名温泉地です。そして、鉄輪(かんなわ)温泉といえば、別府市内に点在する8つの代表的な温泉郷「別府八湯(べっぷはっとう)」のひとつに数えられ、街のあちこちから湯けむりが立ち上り、情緒溢れる静かな温泉街です。

鉄輪(かんなわ)温泉は古くから湯治が盛んに親しまれ、長期滞在者たちは米や野菜を持参するなどし賑わっていたと言われています。鉄輪温泉のお湯はミネラル分が豊富で、源泉はなんと100℃。江戸時代から続く「地獄蒸し」という調理方法も、この温度の熱い温泉を活用し蒸気で蒸すという方法なのです。

野菜や肉など食品のみならず、鉄輪温泉では体全体を蒸す「鉄輪むし湯」があります。これは、温泉蒸気で温められた薬草「石菖(せきしょう)」(ショウブ科の常緑性多年草)の上に深呼吸をしながら横たわり、蒸気を体内に取り込むことでリフレッシュするという方法です。様々な温泉力を使った‘湯治’の伝統は、今も尚、ここでご紹介する「冨士屋ホテル」に活かされていました。

明治32年(1899年)建造、大正、昭和から平成8年まで「冨士屋旅館」として存在。母屋、前門、石段、石垣の景観が平成13年に登録有形文化財に認定。

レトロな伝統文化と現代が息づく
街並みは「重要文化的景観」に選定。

鉄輪温泉で中心をなす「旧冨士屋旅館」は明治32年に建てられ、正統派の日本建築を今に伝える瀟洒な日本旅館です。映画の世界に登場するような建物の美しさと、洗練された伝統美が融合する、なんとも言えない不思議な世界を創造しています。

それでも「今後は未来に向け、古いものだけでは難しい」と決意したオーナー。ゲストの宿泊用にスタイリッシュで快適性のある新築棟を建て、閉館していた宿は、改めて2025年7月に新生「冨士屋ホテル」としてリニューアルオープンを迎えました。

そこには新しいコンセプトや今どきの設備も充分に整え、サステナブルな‘現代湯治’を推奨しています。それにしても、昔の日本建築の美しさは、名工やそれぞれの匠の技術が活かされ、借景までも含む美意識の高さは、現代でも真似のできない高度なものとして語り継がれ、守られていました。

現在も保存されているそれら歴史的な建物は、平成13年、国の「登録有形文化財」に選定されています。レトロな建物内には、ティーラウンジ「神来(かみく)ラウンジ」や、音楽会、ワークショップ、講演会などが可能な美しい梁が特徴の「一也百(はなやもも)ホール」、東京・銀座にある「一冊の本を売る」コンセプチュアルな森岡書店の店主・森岡督行 (よしゆき)さんによる選書が並ぶ「森岡ライブラリー」も造られ、館内にはショップも含めパブリックな機能が整備されています。

この歴史的な建物に隣接して、CLT木造3階建て宿泊棟が新設されました。こだわりは国産木材のみを使用するということ。私自身は‘CLT工法’についても学びました。‘コンクリートに匹敵する強度を持ち、さらに断熱・遮音性が高い’とされ、宿泊棟は今どきの快適な滞在ができました。木造建築は、二酸化炭素(CO2)の吸収や光合成にも配慮され、ハイブリッド建築とも言われています。

カーボンニュートラルや、サステナブル、ECOフレンドリーなどにこだわる今日ですが、「冨士屋ホテル」のオーナーとして現場を仕切る、安波 治子氏が、自身の確固たる意志に従って決断した宿泊棟の新設でした。しかも木造建築は、五感を刺激して快適性や集中力まで高めるウェルビーイング効果も期待できると言われています。

敷地内、明治の本棟に寄り添い客室棟新館が誕生。木の力を信じ、CLT(Cross Laminated Timber)構造で建築、木造で100年以上続くHOTELをと未来へ継ぐ。
緑の庭園を望むチェックイン・ラウンジ。当時は珍しかったと言う西洋式のガラス窓を通して見える庭園には特別保護樹林指定の樹齢220年のウスギモクセイが。鉄輪全体のシンボルツリーとしても一見の価値あり。

未来へと継承を願う‘現代湯治’
新たなコンセプトに「Living Hotel」

「冨士屋ホテル」の総客室数は16室。シンプルでモダンな快適性、スタイリッシュな部屋が揃っています。客室ばかりではなく、滞在が楽しみになるのは‘食事’にもありました。体に優しく健康的な‘蒸し料理’で心身を整え、温泉効果と共に、デトックス作用も期待できるのです。ホテルの中心には、24時間使用可能な特注の地獄蒸し窯を備えた‘16台の地獄蒸し釜で’があり、朝食も夕食もこの場を利用します。私たちが滞在した夜、ディナーには熱々出来立ての「地獄蒸しコース」が用意され、野菜や肉類も含むバラエティに富んだ蒸し料理をたっぷり食し、体が喜んだのを覚えています。

ホテル内の温泉は、明治本館内に、熱い鉄輪の湯を竹で温度を整えた源泉掛け流しの大浴場「竹瓦の湯」があり、ひのき造りの蒸気浴「むし湯」も併設されています。天然の蒸気で汗をかき、心身のデトックスや癒し効果が期待できるといいます。新館1階には「梅見の湯」が整い、樹齢130~150年ともいわれる白梅の古木を見ながら浸かる贅沢な大浴場として人気です。ここには一人用の寝湯も設置され、空を見ながら温泉に浸かる贅沢な時を過ごせます。

本邸1階のショップ「愉しい食卓 はなやもも」には、キッチンでいただいた調味料や漬物、ジャムなど、美味しい手造りの逸品が自分のお土産に買えるのも楽しみでした。

客室スイートのひとつ最上階に設えた「冨士屋リビングスイート」(50㎡)。大きな窓からは別府湾と立ち昇る湯けむりが見渡せ、鉄輪に暮らすように滞在をと提案。
コンセプトルーム「六月八日ルーム」。大分県中津市で森と向き合う暮らしを提案するライフスタイルブランド「六月八日」監修のコンセプトルーム。深い森の気配、草花のしつらえ、久恒氏所蔵の書や画などが調和。5種類のエッセンシャルオイルの特別キットが進呈され、香りとの滞在が楽しめる。
蒸しキッチンの整備されたダイニングエリアは「地獄蒸し」料理を提供するホテルの要となる場。冨士屋オリジナルのヘルシーで美味しい、新しい蒸し料理を満喫。
温泉のミネラルを活かしたこだわりの「地獄蒸し」を体験することも。16台の蒸しキッチンで旅の滞在中に‘蒸し料理’の鉄人に。
朝食も夕食も珍しい蒸し料理の数々が振る舞われる。写真はある日の朝食。素材の味がしっかりと感じられヘルシーな食事に大満足。
左:「梅見の湯」(内風呂)に併設された半露天の「寝湯」。樹齢100年超の梅の古木を眺め、ゆったりとリラックスできる極上の温泉。晴れた日には星空の眺めも。右:95度の源泉を竹の瓦に落として冷やす名物風呂「竹瓦の湯」。天然蒸気を利用した「蒸し湯」も併設。「冨士屋ホテル」ではすべての温泉が源泉かけ流し。

取材・文/せきねきょうこ

Photo/冨士屋ホテル

せきねきょうこ/ホテルジャーナリスト

スイス山岳地での観光局勤務、その後の仏語通訳を経て1994年から現職。世界のホテルや旅館の「環境問題、癒し、もてなし」を主題に現場取材を貫く。スクープも多々、雑誌、新聞、ウェブを中心に連載多数。ホテルのアドバイザー、コンサルタントも。著書多数。

http://www.kyokosekine.com

Instagram: @ksekine_official

DATA

冨士屋ホテル 

大分県別府市鉄輪上1組

TEL: 0977-66-3251

https://kannawa-fujiya.com

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