その幻想的なおとぎ話の挿絵のような絵画に、きっと多くの人が魅了されるだろう。しかし、それだけではない、作品に込められた意味を知れば、いっそう心に残る深みを感じるに違いない・・・。世界的にも再評価の機運が高まる画家の美しい展覧会が、東京で静かに幕を開けた。

ヨーロッパ・バルト三国のひとつ、リトアニア。日本の6分の1ほどの面積に、広大な森と約3,000もの湖が点在するという自然豊かなこの国で、100年ほど前に彗星のごとく現れ、去っていった芸術家がいた。ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス。今、上野の国立西洋美術館では、他に類を見ない独創的な才能とスタイルをもった彼の回顧展「チュルリョーニス展 内なる星図」が開催されている。

ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス M. K. Čiurlionis National Museum of Art, Kaunas, Lithuania.

彼の経歴からして独特だ。1875年に、彼はオルガン奏者の父のもとに生まれたのだが、幼少の頃から音楽の才能にあふれ、18歳でポーランドのワルシャワ音楽院に入学した。そう、彼の芸術家としてのキャリアは、まず音楽家として始まったのだった。交響詩《森の中で》など、今でも演奏される優れた音楽作品を作曲する傍ら、彼は絵画の世界への興味を深め、アマチュア画家として絵を描くようになっていく。

彼が長年の夢だった画家への道を本格的に志したのは、1902年頃のこと。そして1904年の春、28歳の時には、新たに開校したワルシャワ美術学校に入学する。

ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス《森の囁き》1904年、油彩/カンヴァス、国立M. K. チュルリョーニス美術館(カウナス)所蔵 M. K. Čiurlionis National Museum of Art, Kaunas, Lithuania.

この《森の囁き》(1904年)は、現存する作品が少ない初期の絵画作品のひとつ。この時代のヨーロッパ絵画でひとつの潮流であった、「象徴主義」の色合いが感じられる。神秘的な暗い森の幹の線は、まるで竪琴のよう。つま弾く手の仕草がぼんやりと浮かび上がり、観る人に優しい音楽を感じさせる。

ここから亡くなるまでのたった6年間に、チュルリョーニスは何か強い情熱に突き動かされるように絵画に専念し、300点以上もの作品を手がけた。

故郷の自然のリズムを、絵画に刻む。

チュルリョーニスが生きた19世紀末から20世紀にかけてのヨーロッパは、あらゆる価値観が激変する混沌とした時代。パリでは象徴主義やアール・ヌーヴォーが華ひらき、カンディンスキーなどが抽象画の扉を叩こうとしていた。

ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス《春》1907年、テンペラ/紙、国立M. K. チュルリョーニス美術館(カウナス)所蔵 M. K. Čiurlionis National Museum of Art, Kaunas, Lithuania.

リトアニアの深い森と湖、民族音楽の文化の中で育ったチュルリョーニス。ワルシャワで画家として歩み始めた彼だが、祖国の豊かな自然はつねに創造の源泉だった。1908年に弟に宛てた手紙にはこう書いている。

「弟よ、僕たちの故郷がどれほど素晴らしいか、君が知っていたなら。そこには誰にも乱せない完全な調和が満ちていて、皆がまるで美しい和音のように共に生きている」(1908年9月7日、弟ポヴィラスへの手紙より)

彼にとって、音楽と絵画は別のジャンルのものではなく、ひとつの調和した世界だったのだろう。自然の風景からのインスピレーション、そこから彼が想起する音の調べ、さまざまな要素がチュルリョーニスの身体の中で混ざり合い、独創的なイメージへと昇華する。彼の作品において、写実的な風景描写はほとんど見られない。自然の生命感は抽象的にとらえられ、時に擬人化した形態で表現されることもあれば、絵の具の滲みや重なりなど、画材が偶然に生み出すようなイメージを利用することもあった。

ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス《連作「閃光」よりⅢ》1906年、テンペラ/紙、国立M. K. チュルリョーニス美術館(カウナス)所蔵 M. K. Čiurlionis National Museum of Art, Kaunas, Lithuania.

音楽の構造をも表現する、チュルリョーニスの新境地。

チュルリョーニスが挑んだのは、ただ「音楽的な雰囲気」を絵にすることではなかった。

この時代、新しい絵画の表現を求めて、多くの芸術家たちが「音楽と絵画の融合」を夢みていた。その多くは「この音は何色に見えるか?」といった感覚的な試みにとどまっていたが、チュルリョーニスのアプローチはもっと根本的で、音楽家らしい独創性をもったものだった。

彼は音楽の構造そのものを、画面上に組み立てようとしたのだ。彼によれば、「音楽はみずから固有な構造をもち、そして絵画も音楽のように構造をもちうる」という。その信念が結実したのが、彼の代表作である「ソナタ」「フーガ」といった連作だ。

ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス《第6ソナタ(星のソナタ):アレグロ》1908年、テンペラ/紙、国立M. K. チュルリョーニス美術館(カウナス)所蔵 M. K. Čiurlionis National Museum of Art, Kaunas, Lithuania.

それまで多くの絵画は、一瞬を切り取った空間の芸術だった。しかし彼は「連作」というスタイルによって、音楽のような「時間の流れ」という概念を表現したと言える。それぞれの画面も水平に分節された複数の独立した「層」のようなものからなり、各層が共鳴することで、響き合い、アンサンブルのような音楽を奏で始める。

ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス 《第5ソナタ(海のソナタ)》左から《アレグロ》《アンダンテ》《フィナーレ》1908年、テンペラ/紙、国立M. K. チュルリョーニス美術館(カウナス)所蔵 M. K. Čiurlionis National Museum of Art, Kaunas, Lithuania.

全部で7作が知られる「ソナタ」の連作。チュルリョーニスの連作は、音楽におけるソナタがそうであるように、通常3つ、または4つの楽章からなる。上記の作品では、《アレグロ》《アンダンテ》、そして葛飾北斎の浮世絵からの影響も指摘される劇的な《フィナーレ》を、ひとつの楽曲のように見ていくことができる。

リトアニアに捧げるファンタジー。

ロシアと隣り合うリトアニア。18世紀末以来、この国は当時のロシア帝国の支配下にあって、厳しい抑圧を受けていた。それが1904年の日露戦争でロシアが敗戦し、翌年にロシア革命が起きると、リトアニアでは民族解放の機運が高まり、チュルリョーニスも、この運動に積極的に関わっていく。彼にとっては、芸術や文化こそが、リトアニアのアイデンティティを取り戻すためのよりどころだった。

ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス《おとぎ話(王たちのおとぎ話)》1909年、テンペラ/カンヴァス、国立M. K. チュルリョーニス美術館(カウナス)所蔵 M. K. Čiurlionis National Museum of Art, Kaunas, Lithuania.

彼は、この《おとぎ話(王たちのおとぎ話)》のように、祖国に息づく民話や民謡、民芸など民衆文化の再評価が、リトアニア的な芸術様式をつくる上で不可欠と考え、自身の作品に表現していった。リトアニアの伝統的な十字架も、民族復興の象徴的なモチーフのひとつだ。

ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス《リトアニアの墓地》1909年、テンペラ/厚紙、国立M. K. チュルリョーニス美術館(カウナス)所蔵 M. K. Čiurlionis National Museum of Art, Kaunas, Lithuania.

さらにチュルリョーニスは、この時代に芸術家たちの心をとらえた神智学という精神主義的な運動にも関心を持ち、民族の枠組みも超えた普遍的な精神世界を表現。今回、日本初公開となる《祭壇》や《レックス(王)》などの作品は、人間性や宇宙の神秘をめぐる深い思索から生まれたものと言えそうだ。

ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス《祭壇》1909年、テンペラ/厚紙、国立M. K. チュルリョーニス美術館(カウナス)所蔵 M. K. Čiurlionis National Museum of Art, Kaunas, Lithuania.
ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス《レックス(王)》1909年、テンペラ/カンヴァス、国立M. K. チュルリョーニス美術館(カウナス)所蔵 M. K. Čiurlionis National Museum of Art, Kaunas, Lithuania.

ただ、チュルリョーニスの画家としての評価は当時なかなか高まらなかった。1908年以降、彼はさらなる飛躍を求めてロシアのサンクトペテルブルクを訪れるようになった。《レックス(王)》は、1909年のサンクトペテルブルク滞在時に描かれたものだ。ロシアの美術家で芸術界の重鎮だったアレクサンドル・ベヌアは、この作品についてこう語った。

「その途方もない魅力と真のメッセージは、優しくも哀しく、にもかかわらず甘ったるさなど微塵もない特異な配色にある。律動的に輪をなす天体の円環にある。地球の切なげな丸みを覆い、光輝く草原のように広がる曙が織りなす神秘的な魅力にある。[…]ここにこそ芸術の真髄がある。」

しかし、この高い評価を本人が知ることはなかった。高まらない評価、繊細で傷つきやすい精神から、彼は憂鬱にさいなまれ、1910年に重い病に倒れ、35歳の若さでこの世を去ってしまう。

ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス《プレリュード(騎士のプレリュード)》1909年、テンペラ/紙、国立M. K. チュルリョーニス美術館(カウナス)所蔵 M. K. Čiurlionis National Museum of Art, Kaunas, Lithuania.

音楽と美術と融合、自然への思い、祖国への愛情・・・。さまざまな思いと意味を載せて作品を創りあげたチュルリョーニスは、今やリトアニアで最も敬愛される国民的芸術家の一人。パリのオルセー美術館をはじめ、ヨーロッパ各地でも展覧会が開かれ、国際的評価も高まっている。彼が生きた20世紀前半以来の、人類や国際関係の変化が起きようとしている今。作品は、時代を超えて私たちの心に何かを語りかけてくる。

チュルリョーニス展 内なる星図

会場:国立西洋美術館(東京・上野公園)企画展示室B2F

会期:2026年6月14日(日)まで

開館時間:9:30–17:30 ※毎週金・土曜日は20:00まで ※入館は閉館の30分前まで

休館日:月曜日、5月7日(木)※ただし5月4日(月・祝)は開館

詳しくは展覧会公式ウェブサイトへ

https://2026ciurlionis.nmwa.go.jp

※記載情報は変更される場合があります。

※最新情報は公式サイトをご覧ください。

※観覧当日に限り、本展の観覧券で同時開催の「北斎 富嶽三十六景 井内コレクションより」、および常設展もご覧いただけます。

(文)杉浦岳史/文筆家、アートナビゲーター

広告コピーライターとして活動しながら2009年に渡仏。美術史やアートマネジメントを学ぶパリ芸術高等学院(IESA)を修了。パリで独自の展示企画やコーディネートに携わる。現在は京都を拠点に、15年間のパリ滞在をもとにポッドキャスト配信、アート・工芸の学びと実践の場「CURIOZIKA KYOTO」の運営に携わる。

Instagram : @paritore_podcast

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