そこは、中世にさかのぼるタピスリー文化の都。

パリ・オステルリッツ駅から急行で約3時間。そこからさらに美しい自然の中をバスや車で1時間ほど行くと、やがて静かな丘陵と水辺の街、オービュッソン(Aubusson)に辿り着く。フランス中部のヌーヴェル・アキテーヌ地域圏クルーズ県。人口約3,000人の小さな街だが、実はユネスコの無形文化遺産「オービュッソンのタピスリー」として世界に知られた毛織物文化の都でもある。

オービュッソンの街並み(筆者撮影)
オービュッソンの街並み ©Jerome Trindade – Creuse Tourisme

タピスリー(フランス語tapisserieに由来する読み方:英語ではtapestryタペストリー)は、主に毛糸や木綿の糸を使って作る、絵模様の入った綴織壁掛(つづれおりかべかけ)のこと。中世ヨーロッパの時代には絵画よりも重要な美術文化として栄え、特にフランドル地方(現在のベルギー、オランダからフランス北部)では、重要な産品として宮廷や教会の壁を彩り、栄華を誇った。パリのクリュニー中世美術館に所蔵された《貴婦人と一角獣》はその代表的な作品で、その緻密さと美しさが世界中から訪れる観客を魅了する。

《貴婦人と一角獣》のうち「味覚」(クリュニー中世美術館所蔵)

オービュッソンに、フランドルから毛織物文化が伝わったのは15世紀頃のこと。さらに17世紀には、ルイ14世の財務総監だったジャン=バティスト・コルベールの手によってタピスリーの王立製作所がこの街に創設された。このコルベールは、レースやゴブラン織り、ガラスなどといった工芸の技術を根づかせ、フランスの伝統として今に続く、いわゆるメチエ・ダール(Métiers d’art)の文化を育むきっかけになった重要な立役者として知られる人物だ。

オービュッソン国際タピスリーセンター

現代に生き続ける伝統工芸を創るための挑戦。

こうして、オービュッソンで約600年にわたって脈々と伝承されてきた文化を伝えるのが、この街に2016年にオープン(設立母体は2010年に発足)した「Cité internationale de la tapisserie Aubusson」(オービュッソン国際タピスリーセンター)だ。ここには、約600点のタピスリー、約12,000枚の原画などが保存され、技術の粋を尽くした歴史的な作品が展示されている。またここはタピスリー職人の養成施設として、これまで多くの人々がここで学び、腕を磨き、プロの職人の道へと進んできた。

センター内に展示される歴史的なタピスリー作品 © Cité internationale de la tapisserie Aubusson

そしてこのセンターのもうひとつの大切な役割が、現代的なタピスリーの創作といえるだろう。いかに伝統の技術が優れていても、それが時代に求められるスタイルや表現でなければ、生き残っていくことは難しい。

フランスのさまざまな工芸アートが、現代にまで受け継がれてきた背景には、確かな技術を後継者に伝えつつ、新たなモチーフや表現に挑戦する「伝統と革新」の意志が貫かれているところが大きいだろう。ここオービュッソンでも、現代的なデザインの採用、ピカソをはじめとする画家やアーティストたちとのさまざまなコラボレーションにより、時代ごとに新しいタピスリー作品が生み出され、歴史を紡いできた。

「ハウルの恐れ」タピスリー(映画『ハウルの動く城』の一場面より)© 2004 Diana Wynne Jones / Hayao Miyazaki / Studio Ghibli, NDDMT 製織:Atelier Tapisserie Guillot © 2023 Cité internationale de la tapisserie コレクション(国際タピスリーセンターにて筆者撮影)

こうした現代タピスリーの新たな作品を創るために始まったのが「オービュッソン、宮﨑駿の空想世界を織る」プロジェクトだ。神話やキリスト教の物語を描いた17〜18世紀の「連作タピスリー」という伝統に合わせて、スタジオジブリが生み出した現代のクリエイションを6点シリーズで大型タピスリーに仕立てるという壮大な試みだ。

2022年には映画『もののけ姫』の一場面である「呪いの傷を癒すアシタカ」が完成。2025年の大阪・関西万博でフランス館の入口を飾り、日仏友好と文化のつながりを象徴する作品として話題になった。

「呪いの傷を癒すアシタカ」タピスリー(映画『もののけ姫』の一場面より)© 1997 Hayao Miyazaki / Studio Ghibli, ND 製織:Atelier Tapisserie Guillot © 2022 Cité internationale de la tapisserie コレクション(国際タピスリーセンターにて筆者撮影)

『となりのトトロ』の名シーンが伝統のタピスリーに甦る。

アニメーションの世界をタピスリーに・・・。しかし、動く映像を一枚の作品に置き換える作業は、言葉で語るほど単純ではない。

このシリーズの5作目として手がけられた映画『となりのトトロ』から採用された「メイとトトロのお昼寝」の作品もまた、綿密な調査や研究、膨大な時間をかけて生み出されたものだ。当然ながらアニメーションの画面は絶えず動き続けていて、タピスリーとして成立する「静止した構図」は稀にしか存在しない。まずはこの「どの一瞬を選ぶか」が最初の難関だ。

選ばれたのは、主人公のメイが森の中でトトロと出会い、そのお腹に乗っているうちに眠くなって一緒に眠ってしまう場面。そこには宮﨑駿監督の空想世界へ観る者を惹きつけ、物語全体を感じさせる深みがある。

それを7.36m × 4.3mというこのシリーズでも最も大型のタピスリーに仕立てるには、より緻密で精細な下絵づくりと、より豊かな階調の色構成など、新たなクリエイションが必要だという。なぜなら、画面の大きさが変われば解像度も変わるからだ。

「メイとトトロのお昼寝」カーペット下絵(映画『となりのトトロ』の一場面より)© 1988 Hayao Miyazaki / Studio Ghibli © 2024 Cité internationale de la tapisserie コレクション © Photo: Studio Nicolas Roger 

オービュッソンの織り手たちのあいだには、こんな言い習わしがあるという。「デッサンに描かれたごく小さなバラの花を、深く考えずにただ拡大すれば、できあがるのはバラではなくキャベツになる」・・・。原画の持つエスプリとニュアンスを保ったまま、静止したタピスリーでもう一度「生きた瞬間」として立ち上げるために、下絵師、染色家、織り師などが一体となって幾度となく検討と試作が行われ、準備が進められていく。

制作風景 © 1988 Hayao Miyazaki – Studio Ghibli ©Zoé Forget

なかでも最大の難関となったのが「色」をめぐる課題、とりわけトトロの色だったという。誰もがなんとなくトトロの色のイメージを持っているはずだが、制作にあたってアニメやグッズを見てみると、媒体によって微妙に色が異なることに気づく。この色のディレクションで大きな役割を果たしたのが、オービュッソンで20年近く、タピスリー職人としてのキャリアを積んできた日本人の許斐(このみ)愛子さんだった。

織り糸の色を吟味する許斐愛子さん © 1988 Hayao Miyazaki – Studio Ghibli ©Zoé Forget

あらゆるトトロのぬいぐるみや資料を集め、原風景としての日本を知る自身の感覚、そしてスタジオジブリとも相談を重ねながら「これぞトトロ」という色、そして深い森の奥行きを表現する緑の階調を探っていく。そしてさらにはその色を使って染める糸も一様ではない。トトロの毛並みのふくよかな質感、花びらの繊細さ、深い陰影や量感・・・。表現にあわせて、羊毛、シルク、麻、竹など糸の素材を吟味し、下絵師や染色家とともに試行錯誤を続けていく。

膨大な時間と努力が報われる、最後の瞬間まで。

こうしてようやく織りの作業が始まるが、この織りの現場には、もうひとつの宿命がある。

制作風景 © 1988 Hayao Miyazaki – Studio Ghibli ©Zoé Forget

大きなタピスリーを制作中は、手元のわずかな幅の部分、しかも裏側だけを見ながら織っていく。そして織られたところから布は丸められていき、作品の全体像が見られるのは、スタッフでさえも、すべてが織り上がって、織機から作品が外されたときだけなのだという。その間、実に約14ヶ月、総時間数にして2150時間という気の遠くなるような作業が続けられた。

制作風景 © 1988 Hayao Miyazaki – Studio Ghibli ©Zoé Forget

そして、2026年7月17日、その完成の日はやってきた。

すべての糸を織り終え、織機(メチエ)から布を切り離して、人々にお披露目をすることを「tombée de métier」(トンベ・ド・メチエ — 織機からの降下)という独特の言い方で呼び、その日はオービュッソンの街をあげてのセレモニーが開催される。制作してきた職人たちはもちろんのこと、関係者、街の人々、そして在フランス日本国大使も訪れ、織機と作品をつなぐ無数の糸を丁寧にハサミで切っていく。

制作者や関係者、街の人々が次々にハサミを入れていく
織機から作品を外し運び出す

織機から外されたタピスリー作品は、センター内にあるホールの舞台に運ばれ、作品全体が広げられた時には会場から大きな歓声が上がった。

31㎡を超える壮大な作品の中に、1000色を越える色と階調の違い、素材の違い、そして織りが紡ぎ上げる豊かな表現と質感をもった世界が広がっている。それは織物ならではの優しい風合いを持ちながらも、緻密な絵画作品のように圧倒的かつ繊細で、アニメーションでも感じられない、森の中に没入するかのようなリアルさがそこに立ち現れていた。

海を越えて感動を与えてきた、宮﨑駿監督、スタジオジブリの作品が結んだ日仏両国の絆と、専門家と職人、関係者たちの絶え間ない努力が生んだ、現代のタピスリー表現。伝統技術と芸術の灯を絶やすまいと奮闘するフランスの強さも見た、今回のアートをめぐる旅だった。

このタピスリー作品「メイとトトロのお昼寝」はオービュッソン国際タピスリーセンターで今年12月31日まで公開される。

展覧会 L’imaginaire de Hayao Miyazaki en tapisserie d’Aubusson

「オービュッソン、宮﨑駿の空想世界を織る」

会場:Cité internationale de la tapisserie Aubusson

オービュッソン国際タピスリーセンター

会期:2026年12月31日(木)まで

詳しくは公式サイトへ

https://www.cite-tapisserie.fr

※記載情報は変更される場合があります。

(文)杉浦岳史/文筆家、アートナビゲーター

広告コピーライターとして活動しながら2009年に渡仏。美術史やアートマネジメントを学ぶパリ芸術高等学院(IESA)を修了。パリで独自の展示企画やコーディネートに携わる。現在は京都を拠点に、15年間のパリ滞在をもとにポッドキャスト配信、アート・工芸の学びと実践の場「Curiozika」の運営に携わる。

Instagram : @paritore_podcast

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