フランスの暮らしとデザインを紹介する連載の8回目は、映画監督で脚本家のルドヴィック・ベルジェリーさんが2023年に購入した、11区のアパルトマンをご紹介します。

Ludovic Bergery(ルドヴィック・ベルジェリー)/パリ生まれの映画監督、脚本家。パリの複数のコンセルヴァトワール(音楽・演劇学校)で演技や演出を学び、映画・テレビ俳優として活躍。約10年間活動後、現職。監督作品に『L’Étreinte(邦題は未亡人、回る春)』(2020)などがある。映画の仕事と並行し、建築・インテリアデザインの事務所SOMVIX(ソムヴィックス)を友人と経営。https://somvix.fr/

 1872年に開園したモーリス・ガルデット公園は多種多様な樹木や美しい花々が彩り、園内には、音楽堂、子供向けの遊具、ペタンク場も整備。世代を問わず楽しめる場所だ。この公園に面するアパルトマンを、ルドヴィックさんは2023年に購入。「19世紀半ばの建築で、この物件は6階にあります。間取りは小さなキッチンのあるリビングとベッドルーム。一人で暮らしています」とルドヴィックさん。

リビング。向かって右側にエントランスがあり、左にキッチンがある。
リビングの窓の向こうはモーリス・ガルデット公園。樹齢100年以上の大木が枝を大きく広げた姿は圧巻。「このエリアは30年前のマレ地区のように、古き良き時代のパリの姿を残す店が集まっています。マレ地区は新店が増えてしまい、郷愁を感じる店が少なくなり残念」(ルドヴィックさん)

 アパルトマンを購入するにあたり、11区を中心に探した理由は、このエリアが未だパリらしい雰囲気を残しているからだという。「1980年〜90年代風のビストロ、エピスリー、ワインカーヴなどが集まり、パッサージュと呼ばれる小道や職人のアトリエも多い。ここに越す前は30年以上、マレ地区のシャルロ通りに住んでいましたが、以前マレ地区に漂っていた雰囲気を、今は11区で感じることができます」

 購入の決め手は、公園に面する立地だったという。「この公園は広すぎず、秘密の庭園のよう。他の物件もいくつか内見しましたが、これほど魅力を感じるものはありませんでした。日頃、公園の緑を眺めながら、脚本を書いていますが、パリにいながら田舎の雰囲気も味わえる、最高の環境です」

リビングのソファカバーはマーガレット・ハウエル。左のアートはスカンジナビアのアーティストのもので、友人からのプレゼント。右の写真はミケランジェロ・アントニオーニのポートレート。
リビングのローテーブルの上にはスウェーデンのデザイナー、エリカ・ペッカリがデザインしたイケアの燭台、ルーマニア出身の彫刻家、コンスタンティン・ブランクーシの作品集が。
リビングの窓際に置かれるローテーブルは、マレ地区にあるスカンジナビアのヴィンテージ家具専門店、ギャラリー・ピエールで購入。ドイツ人デザイナー、シモン・シュミッツのAAROテーブルランプはフランスのメーカー、DCWエディションズが復刻したもの。ブルレック兄弟がヴィトラのためにデザインした鳥のオブジェ、ロワゾーや1967年にデンマークのアルネ・ヤコブセンが手がけたステルトン社のリヴォルビング・アッシュトレーなどを並べる。

 

 室内には多くの名作家具や照明が置かれる。実はもう一つ、別の仕事をしているルドヴィックさん。「建築やデザインに興味があり、友人と共に、建築デザインの会社を営んでいます。映画のプロジェクトが落ち着き、時間ができた際はデザインの仕事をします」

 インテリアのテーマは『洗練、スカンジナビアと日本のタッチ』。日本文化は好きで、松尾芭蕉や小林一茶の俳句の本を愛読。入居時に工事をしませんでしたが、改装する際は和のテイストを入れた空間にしたいと考えています」

(左)リビングの一角。本棚にはシネアストに関する書籍や写真集が並ぶ。(右)「バタフライチェア」の愛称でも知られる「BKFチェア」。この椅子を手がけた3人のアルゼンチン人デザイナー(アントニオ・ボネット、フアン・クルチャン、ホルヘ・フェラーリ=ハードイ)の姓の頭文字から命名。イギリスのエンジニア、ヨゼフ・フェンビィが1855年にデザインした椅子から着想し、1938年に誕生。クッションカバーはフィンランドのテキスタイルブランド、ヨハンナ・グリクセンのもの。ヨハンナは同国の家具ブランド、アルテックの創業者の一人、マイレ・グリクセンの孫。

 パリで生まれたルドヴィックさんは、現代文学を先行したのちに映画の演出や演技をパリのコンセルヴァトワールで学び、俳優としてデビュー。10年ほど映画やテレビに出演した。「実は演じることはあまり好きではない、ということに気づき、俳優業を続けながらシナリオも書き始めました」。初めは短編映画の撮影を手がけ、2019年には長編映画「抱擁」を製作。数々の受賞歴がある名女優、エマニュエル・ベアールが主役を演じた。

 映画の仕事を選んだ理由は、映画から学ぶことが多かったからだという。「昔から映画が好きで、自然と映画の道を選びました。好きな映画はピエル・パオロ・パゾリーニやフェデリコ・フェリーニなどイタリアのネオリアリズム作品。ミケランジェロ・アントニオーニ、ルキノ・ヴィスコンティも好きです。アメリカのジョン・カサヴェテス、スウェーデンのイングマール・ベルイマンのほか、フランスならフランソワ・トリュフォーやジャン=リュック・ゴダールなどヌーヴェルバーグの監督作品。現代映画ではオーストリアの監督、ミヒャエル・ハネケの作品を好みます。

 

リビングの一角にあるキッチン。「外食が多く、あまり料理はしないため小さいキッチンで十分」
キッチンの壁にドイツの給水塔のモノクロ写真を飾る。
ランプはDCWエディションズが復刻させたマンティス BS1。ドイツ人デザイナー、バーナード・ショットランダーが1951年に発表。

  平日は自宅で脚本を書き、休日は映画を見たり、友人と出かけたり。週末や夜に働くことも多いという。あまり料理をしないため、キッチンの設備は最小限。「外食が好きで、いろいろなレストランに行きます。和食が好きで、作ってみたいとは思います。実は日本には未上陸。次の旅は日本に行って、買い物や食を堪能したいと考えています」

ベッドルームの一角に書斎を設置。彼が好きな作家の本の中には、小川洋子など日本文学も。スツールはジャン・プルーヴェが手がけたタブレ・ソルヴェイ。左の白と黒のオブジェはスカンジナビアのデザイナーのもの。
ベッドルーム。左のランプはスペインのサンタ&コールがデザイン。スペイン語で「小さなバスケット」を意味するセスティタポータブルランプ。持ち運びがしやすく、充電して吊るして使うこともできる。右の照明はフランス人ユニット、ステュディオ・ブリシェ・ツィーグラーによるヤスケ。DCWエディションより販売。ベッドカバーはマーガレット・ハウエル。
左上のタワーと中央の動物のオブジェはアルジェリアのアーティストのもの。左のポートレートはイタリアの女優、モニカ・ヴィッティ。中央の写真はベルリンの工場、AEG。積み木はベルリンの建築家、アンヌ・ボイセンとバウハウスのもの。「ベルリンは好きな街で何度も訪れています」(ルドヴィックさん)

 アパルトマンの購入後、予算の関係でリノベーションは先送りにしたという。将来的にはリビングと寝室の間の壁を一部壊し、見通しの良い空間を作る計画。「部屋に入った時に、リビングと寝室の二つの窓から公園の緑が見えると開放感が出ると考えています。あとはキッチンと浴室の間の壁をガラスに変えたいですね」

 この秋から、彼が監督を務める長編映画の撮影がスタート。「アダムというタイトルで、1年半かけて脚本を書き上げました。来年、フランスの映画館で上映されます。内容はお楽しみに」

 彼が愛する空間で綴ったストーリーが、フランスをはじめ、世界中のスクリーンに映し出される日が今から待ち遠しい。

 

寝室の壁にフランソワ・トリュフォーや母のポートレートを飾る。

 

撮影/篠あゆみ(Ayumi SHINO)

(文)木戸 美由紀文筆家
女性誌編集職を経て、2002年からパリに在住。フランスを拠点に日本のメディアへの寄稿、撮影コーディネイターとして活動中。株式会社みゆき堂代表。マガジンハウスの月刊誌「アンド プレミアム」に「木戸美由紀のパリところどころ案内」を連載中。インスタグラム@kidoppifr

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