友人が訪ねて来たら連れて行きたいお気に入りの店が誰にでもひとつはあります。街の人々に愛される店こそ、胸をはって紹介したい“わが街の味”。この連載では、そんな街で人気のお店を紹介しています。今月は新宿区・若松河田から富久町、そして新宿御苑にかけてのエリア。都心のエアポケットのように静かな街に、今も残る貴族の館で美食と歴史を享受するモダンスパニッシュのレストランです。

紹介する街●若松河田 

【スペイン料理】 

スペインの情熱と、日本の感性が融合する唯一無二の料理

新宿御苑から神楽坂にかけての新宿高台エリアは、かつて武家屋敷が連なる街であり、今もなお都心とは思えないほどのどかな空気が流れている。その穏やかな街並みの中に、ひと際優美な佇まいを見せるのが、若松河田駅すぐにあるスパニッシュ様式の邸宅『小笠原伯爵邸』だ。

この館は、小笠原流礼法で知られる小笠原伯爵の邸宅として、1927年(昭和2年)に誕生した。当時の流行の最先端であったスパニッシュ様式を極め、華やかな装飾とアーチが描く柔らかな曲線を取り入れた建築は、政財界の重鎮が集う社交場としても賑わいを見せていた。

アーチ形の大きな窓からガーデンを見晴らすテラス。壁のクリーム色のタイルも当時のままだ。

時を経て、この歴史的な建物を修復し、革新的なスペイン料理を供するレストランとして新たな命が吹き込まれたのは2002年。

スペイン料理に根差した技術の結晶に、日本の四季が育む多彩な食材を取り入れた料理は、運ばれる度にときめきと好奇心を掻き立ててくれる。

フォアグラ マンチェゴチーズ メンブリージョのミルフィーユ
パイ生地の上に、スペインを代表する羊のチーズ・マンチェゴ、フォアグラ、メンブリージョ(西洋カリンのジャム)をミルフィーユ状に重ねている。添えているのは、菊芋のピュレ、レースのようなイカ墨風味のクロッカンテ、フランボワーズソース、シェリーを使ったビネガーソースが複雑な味わいをもたらす。コースの内容は季節によって変更される。
「コンデ」コース17600円(サ10%別)より 。

例えば、前菜の「フォアグラ、マンチェゴチーズ、メンブリージョのミルフィーユ」。

こちらは、とろけるようなフォアグラに、羊乳チーズ「マンチェゴ」と西洋カリンのジャム「メンブリージョ」というスペイン王道の組み合わせを取り入れ、新しい中にも温かみのある余韻を添えている。

イベリコプルマの備長炭焼き アモンティリャードソース 小茄子とゴボウのピュレ
1頭あたり約 150~200㎏ぐらいの黒豚から 500グラム程度しかとれない希少部位、プルマは赤身と脂の軽やかな旨みが魅力。炭火焼きのスモーキーな風味が心地よいアクセントに。コースの内容は季節によって変更される。「コンデサ」コース 13500円(サ10%別)より 

そして、初めて訪れるゲストにこそ体験してほしいというシグネチャーが「イベリコプルマの備長炭焼き」だ。

プルマとは、豚の肩甲骨周辺からごくわずかしかとれない希少部位のこと。その肉を備長炭でじっくりと焼き上げる火入れは、まさに芸術の域。炭火でありながら、スペイン伝統の薪焼きを彷彿とさせる力強い香ばしさを肉に纏わせている。一口味わえば、これまでの豚肉の概念を覆すような味わいに驚かされるはずだ。柔らかな食感、ジューシーな肉汁と濃い旨味が豊かに広がり、付け合わせの小なすのフリットやみょうがが初夏の爽やかさを運ぶ。さらにゴボウのピュレが、その味わいに奥行きを加える。小ポーションで多皿を楽しむコースは、まるで食卓の上にひとつの物語を紡ぎ出していくかのようだ。

現在はウエイティングルームのひとつになっているラウンジ。家具はレストラン開業時に入れたものだが、ヨーロッパなど世界中から一点ずつ買い集めたアンティークを使用し、竣工当時の写真をもとに再現されている。

ここで、すこし館内もご紹介しよう。

門をくぐり、一歩足を踏み入れれば、そこは現代の喧騒から切り離された別世界。

玄関には、ぶどうの実や蔦が描かれたひさしが特徴的な佇まいを見せる。扉を抜けると、スパニッシュ様式の重厚かつ美しい装飾が訪れる者を圧倒する。館を巡るだけで、かつての社交場の空気が思い起されるようだ。

シガールームとして作られた、円形の部屋は、イスラム建築を取り入れた重厚なデザイン。現在はウエイティングルームになっている。

旧食堂には、当時の伯爵家で使われていたという大テーブルが今も静かに鎮座している。そこに続く客間とシガールームは、現在はレストランのウエイティングルームとして使われている。とくに円形のシガールームは壮麗なイスラム様式のデザインが圧巻。さらに奥に広がる、伯爵の書斎と寝室であった場所は、レストランのダイニングルームへと表情を変えている。ベランダを改装したテラス席は、推定樹齢500年というオリーブの古木が印象的なガーデンを見晴らす、気持ちの良い空間だ。

ガーデンに面した外壁には、日本窯業界の第一人者といわれた小森忍氏の作品が残る。「生命の賛歌」をテーマに造られた陶磁器を用いたデザインは、明るく、楽しいモチーフが並ぶ。

こうして大切に修復され、磨き上げられた佇まいは長い年月を経てもなお美しい。それは単に美食を味わう場というだけでなく、建築の美学と、現代のガストロノミーが静かに調和し、訪れるゲストに、特別な時間をもたらしてくれるのだ。

小笠原伯爵邸

おがさわらはくしゃくてい

住所:東京都新宿区河田町10-10

電話:03-3359-5830

営業時間:11:30~15:00、18:00~22:00

定休日:年末年始

要予約

※掲載価格は税込価格です(2026年7月現在)

取材・文 岡本ジュン 写真・西﨑進也

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