‘花壇人(かだんびと)’という言葉があります。これまではその意味を詳しく掘り起こしたことがありませんでしたが、ここ「強羅花壇」の公式サイトにはこう書かれています。「花壇の名は宮家が自邸を開放して来賓をもてなす“迎賓の場”を表し、子息の閑院春仁王による1948年の創業以来、日本文化を伝えるおもてなしを大切にした宿として親しまれてきた」と。迎賓館のような凛としたたたずまいの「強羅花壇」に身を置いて、自身の大切な来賓を心尽くしにもてなしをする、そんな人々を指しているのでしょう。「強羅花壇」は旧閑院宮別邸跡地に佇み、もてなしの宿としてミシュランの最高評価(3キー)も獲得している旅館なのです。

思い起こせば本当に長い間、憧ればかりを募らせ、足を向けることになぜか躊躇していた筆者でした。この度、ご縁を得て名旅館「強羅花壇」に初の訪問となりました。事前に宿について多くを学ぶうちに、「強羅花壇」には、日本旅館としての由緒正しき伝統も、時勢を捉える現代性も備える和洋の融合する旅館であると分かりました。訪れるまでの筆者は、世界中のセレブリティや著名人に敬愛され、旅人に親しまれ、多くのファンが憧れの眼差しを向けているという経緯から、この由緒正しき旅館にどのような面持ちで伺えば本来の姿が見えてくるのか、緊張もしていたのです。

到着後、車を降り、今はレストランとなった瀟洒な洋館づくりの建物を一瞥し、旅館の表玄関に向かうと、心をととのえる長い通路が終わる玄関先に、丸い石をくり抜いた手水(ちょうず)を見つけました。そこで手を洗い清め一息ついて姿勢を正すと、肩の力が抜けて、やっと本来の自分が戻ってきました。昔から日本には、手水という伝統が息づいています。神社に参拝する際には手水舎で手や口を洗い、自らを清めてから参拝する、伝統ではありますが、日本人の持つ精神性が成す美学継承でもあるのです。

手の汚れを落とすだけではない、清い気持ちで雑念を払い精神を落ち着かせるのですから、ただの習慣ではなく、意味のあることなのです。こうして何年も憧れ続けた日本旅館に足を踏み入れました。今回の訪問では、旅館で観たこと、体験したこと、感じたことを想い返し、ひとつひとつ「強羅花壇」の魅力を紐解いてみようと思います。

入り口を入ってから玄関ドアへと続く長い通路、引き戸の手前右に、伝統の‘手水’が置かれている。

ルレ・エ・シャトーのメンバーとして

和とモダニズムを持ち合わせ世界にお披露目

「強羅花壇」が建つのは、5,000坪もの広大な敷地箱根強羅の旧閑院宮(かんいんのみや)別邸跡地。1989年、この土地ですっかり改装された「強羅花壇」が開業し、現代的な建築や、3本の源泉から引かれる天然温泉を慈しみ、贅沢なスペースのフィットネスジムを備え、クラシカルな魅力とモダニズムが一体となりお披露目されました。

特に、「強羅花壇」のシンボル的な存在である柱廊は、竹山聖氏と荻津郁夫氏が率いるアモルフがデザイン・設計を担当。見上げるほど高い天井の回廊は、木造の印象的な桟のガラス戸に包まれ、全長120mの潔い長さで客室と情緒的な‘月見台’を結んでいます。季節に応じてガラス戸を開け放てば、春は桜の香り、新緑の時期には箱根強羅の森の香りに包まれ、季節ごとの自然との一体感に心まで癒されます。日本古来の素材や建築様式、そして現代的表現を併せ持つ旅館に時空を超えた広がりを感じました。一方、ガラスブロックの天井から光が差し込む明るい温水プールは15m。半露天であり外の自然との一体感がリゾート気分にさせてくれます。

旅館の入り口を入ると、長い柱廊の奥には竹林に囲まれたテラス「月見台」が。近くを流れる早川の水音がBGMのように心地よく聞こえる。
カウンターに向かい、右に柱廊、左に箱根の山々と大自然が望めるダイナミックな造りの明るいラウンジ。

「強羅花壇」は、‘日本旅館である’‘ホテルのようだ’と幾つもの意見が飛び交います。旅館の所作を愛する日本人顧客や著名人が多く訪れていること、また一方では、グローバルで世界の名門ホテルを泊まり歩く日本贔屓の外国人ゲストも顧客に多いと聞けば、敢えてカテゴライズせずとも良いのではないかとさえ感じます。ただ「強羅花壇」のリピーター数は6割以上と聞けば、誰もがそれぞれに‘自身の隠れ家’なのかもしれません。歴史や伝統が香る空間では背筋の伸びる思いもしますが、同時に、心からの笑顔やサービスに従事するスタッフの温かなもてなしは、グローバルに通用し、言葉など通じなくてもゲストは心から癒されるはずです。

こうして館内のアンティークと新しさの融合したデザインに圧倒され、非日常空間で寛ぎ、休暇を楽しみ、旬の美味しい食事に恵まれ、まったりと温泉に浸かる滞在です。ひとつひとつを思い起こせば、贅沢な空間で気取らない滞在が約束される、当たり前ではない、それらが魅力となっているのです。プールではパリの「Hotel The Ritz」のプールにイメージが重なり、女将の所作には英国の「ザ・ドーチェスター」の女性スタッフを想い、ラウンジでのサービスは、スイスの老舗ホテル「Baur au Lac」のカフェと重なりました。世界に名だたるホテルのコンソーシアム「ルレ・エ・シャトー」のメンバーとして、「強羅花壇」は唯一無二の旅館の魅力を発揮していました。

アールデコの意匠が美しいレストラン「懐石料理 花壇」。昭和初期に建てられた旧宮家の別邸内にあり、全国各地より仕入れる旬の厳選素材や近郊の新鮮な魚介類が一鉢ごとに楽しめる。
春の懐石料理の一例。旬の食材だけではなく筍の姿の器や春のあしらいも添えて。

歴史ある旅館を通して知る洗練

唯一無二の美意識と優れた人間力

総客室数は42室、別邸3棟、離れ貴賓室4部屋、そのうち自家源泉の温泉付き客室が18室あります。客室にはこだわりがたくさんあり、例えば、数寄屋造りに倣った全室畳敷きであること、客室には沓脱石(くつぬぎいし)が置かれていることもこだわりといいます。‘沓脱石’は「俗世と神聖的な空間の境界を設けるために置かれる」と学びました。日本にはすべてに魂や神が宿り、木々のひとつ、石のひとつにまで前出の手水のごとく、古くから継がれる意味が隠されています。‘庭屋一如’のもとに設計された建築も、その精神「庭と建物は一つの如し」が活かされ、四季と調和する空間造りが成されています。

2025年8月にお披露目された別邸「東雲」も拝見しました。部屋を形作るひとつひとつの贅沢な素材と匠の技術が随所に活かされ、250㎡を越える和洋折衷のモダンな客室は枯山水式庭園に向かい、過ぎ行く時を静かに味わう滞在となります。さらにこの部屋にはシェフズキッチンが設えてあり、専属の調理人が目の前で料理を作る、そんな臨場感を味わえる美食体験も別邸で過ごす贅のひとつでしょう。

一方、食事処は、8席のみの「鮨かだん」や、宮家ゆかりの洋館で食す季節感溢れる「懐石料理 花壇」も、美しいプレゼンテーションと季節の素材が活かされています。箱根は山地域ですが、身近な山を越えれば周辺の海には名漁港が幾つもあり、海の幸も新鮮そのものです。月ごとに変る旬の食材をいただく満足感は、リピーターとなる大きな理由のひとつに違いありません。一生に一度と言わず、何度でも行きたいと思わせる旅館に魅せられました。

男女入れ換え制で本館L階にある大浴場。泉質は弱アルカリ性単純温泉。3本の源泉を所有し、そのうち2本は庭園内より豊富な湯量の温泉が湧出。他に40分間無料で利用可能な源泉掛け流しの露天風呂、スチームサウナ付の‘貸切露天風呂’がある。
2025年8月に開業したばかりの別邸「東雲」(250㎡)。ダイニング25畳、次の間8畳、奥の間11畳、広縁12畳、書院6畳 濡れ縁と言う贅沢な造り。プライベートサウナも設え。上質な部屋から望むのは石庭と箱根の稜線(大文字山展望)が織りなす幻想的な箱根の光景。
令和3年4月に開業の新客室は2室、別邸「暁」と「曙」。写真の別邸「暁」は全42室ある客室のなかでも当時最上級、最大規模。大きな日本庭園と露天岩風呂が特徴。本間12.5畳、次の間12畳、奥の間10畳、広縁6畳露天風呂・内風呂・スチームサウナ・シャワーブース。
満開の桜を愛でる枯山水の日本庭園。箱根強羅には岩石が多くその土地の特徴を配し、一方で苔の斜面は背後の山々を借景にした箱根らしい造形。季節ごとに自然が織り成す彩を感じさせる美しい空間。

取材・文/せきねきょうこ

Photo: 強羅花壇

せきねきょうこ/ホテルジャーナリスト

スイス山岳地での観光局勤務、その後の仏語通訳を経て1994年から現職。世界のホテルや旅館の「環境問題、癒し、もてなし」を主題に現場取材を貫く。スクープも多々、雑誌、新聞、ウェブを中心に連載多数。ホテルのアドバイザー、コンサルタントも。著書多数。

http://www.kyokosekine.com

Instagram: @ksekine_official

DATA

強羅花壇

神奈川県足柄下郡箱根町強羅1300

📞0120-131-331

https://www.gorakadan.com/

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