世界を魅了してやまない、そして日本からも多くの観光客が訪れるトルコ・イスタンブールの美をめぐる旅の後編(前編はこちら)。まずは、前回ご紹介した「アヤ・ソフィア」と並ぶイスタンブールの歴史を語る証人で、その荘厳な佇まいと美しさで知られる「ブルーモスク」を訪れてみたい。

装飾文様の美しさが宇宙を描く「ブルーモスク」。

「ブルーモスク」は通称で、正式な名称は「スルタンアフメト・ジャーミー」という。その名に現れているように、これは17世紀に皇位についた若きスルタン(皇帝)であるアフメト1世の命によって建設されたジャーミー、つまりイスラム教の礼拝所であるモスクのこと。6本の巨大なミナレット(塔)が視界を凌駕するように立っている。

ブルーモスクに寄り添うミナレットは全部で6本ある

このミナレットはイスラムに独特の建築だが、実は信者に義務づけられた1日5回の礼拝の時刻を伝えるアザーン(告知)を行う場所。もともとは塔にムアッジンという呼びかけ人が登り、肉声で礼拝を呼びかけたらしいが、今は礼拝室からミナレットに設置されたスピーカーを通じて声が流れる。独特の歌のような呼びかけが街中に響きわたると、イスラムの地にいることを実感する。

かつては、キリスト教国の東ローマ帝国の首都として「コンスタンティノープル」と呼ばれたここイスタンブール。1453年にイスラム教国であるオスマン帝国が征服すると、キリスト教の大聖堂だったアヤ・ソフィアはイスラム教のモスクに改宗させられたが、それから160年以上を経て建てられたスルタンアフメト・ジャーミーは、純粋なイスラム教の寺院として誕生した。

モスクの内部は永遠性を表現する文様で彩られる

中へ入ると、壮大なスケールとは対照的な空間の柔らかさに驚く。壁と天井をおおうのは、約2万枚のイズニックタイル。その多くが青と赤を基調とし、チューリップや唐草、糸杉などの植物を中心にした手描きの装飾文様(アラベスク)や教典の文字が繰り返し配置されている。

イスラム世界では基本的に、西洋美術におけるキリストや聖母のような、いわゆる偶像(イコン)を描くことが許されていない。ただそのタブーがむしろ、こうした独自の緻密な抽象表現を生みだしたともいえるだろう。

モチーフの繰り返しのなかで築かれる秩序と永遠、揺らぎのない整然とした美しさ、そして刻まれた言葉の数々・・・。その無限性こそが、この宇宙のあらゆるところに唯一神アラーの意志が存在することを物語る。ほかの文化圏とは異なるこの建築と芸術のあり方は、イコンとは別の形で人々を信仰へとうながす装置になっているのだ。

トプカプ宮殿の入口「挨拶の門」

オスマン帝国の華やかな宮廷文化を育んだ「トプカプ宮殿」。

ブルーモスクからほど近く、金閣湾を見渡す高台にトプカプ宮殿がある。ここはかつてオスマン帝国のスルタンが暮らし、政治と文化の中心となった場所だが、ルーヴルやヴェルサイユのような威圧感は感じられない。代わりにここで出会うのは、ブルーモスクでも見た文様と精巧な細工が織り上げる、静かな装飾の美しさだ。

ディバンの間入口

オスマン帝国が築いた美の核心は、「調和」と「秩序」、「反復」と「節度」といった形容詞で表現されるとされ、それはトプカプ宮殿の空間にも現れている。壁を覆うのは、やはり青や赤、緑のイズニックタイル。ここでも無限性を意識したような、細やかな幾何学模様や植物文様が施される。世界そのものを写実的に描くのではなく、パターンの反復やある種の秩序によって「永遠」を感じさせるという発想だ。

この宮殿を語るうえで欠かせないのが、宮廷専属の工房組織の存在だ。ここには陶工や金銀細工師、ガラス職人、細密画家など、多くの職人と芸術家が所属し、宮殿の装飾品や儀礼の調度品、諸外国との外交上で求められる贈答品の製作を担った。

女性たちの居住区、トプカプ宮殿の「ハレム」へ。

アラビア語の「ハレム」は「禁忌」を意味し、女性を守るために、住まいの中で家族以外の男性の立ち入りを禁止した場所のことをいう。宮殿の中では、それはスルタンに仕え、暮らしを支え、もてなす女性たちの居住空間のことを指す。トプカプ宮殿のハレムは、日本で言えばまるで江戸城の大奥のように、多いときは1000人規模が暮らす「居住区」だった。スルタン以外は男子禁制の閉ざされた空間で、女性たちもまた優雅に、数々のドラマを繰り広げていたに違いない。

トプカプ宮殿のハレムにある「皇帝の間」

今ではその一部が公開され、私たちも足を踏み入れることができる。迷路のように入り組んだ居住区には、スルタンの母や何人もの妻や側室の部屋、祭事や宴会が催された皇帝の間などが往時を偲ばせる。その中で異色の装飾だったのは、このハレムにある「果物の間」。

アフメット3世の私室と呼ばれるこの部屋には、フルーツの絵が一面に描かれている。一説には、このスルタンは子供時代に少食で、父帝が心配して彩り鮮やかなフルーツを描かせたというストーリーが語られる。抽象的な植物の文様が多い宮殿の中で、ここはどこか人の優しさを感じる空気に包まれていた。

細かな装飾や絵に目を向けていくと、ヨーロッパのものとも日本のものとも違うイスラム文化ならではの形や色、文様や文字に対するこだわりが見えてくる。

トプカプ宮殿の一角には細密画(ミニアチュール)の部屋があったり、最近の研究で16世紀に描かれた希少な壁画も発見され、そこにも色鮮やかな細密画が描かれていたという。そしてここは、政治や外交の場であるとともに、歴史の編纂や天文学、医学、哲学などの研究が進められた知の拠点でもあった。

私たち日本人の目には、強い信仰心や砂漠の民のイメージが強いイスラムの文化。けれど実際にはそこに、静かで知的な「美へのまなざし」がある。西洋を中心に語られてきた美術やデザインの歴史の外側に、もうひとつの美の体系がある・・・イスタンブールの旅は、そのことを教えてくれた。

(文・写真 杉浦岳史)

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