The Food Crafter

2019.03.20

そばの文化を次の世代へ
そのためにできること

江戸文化のひとつとしてあげられる蕎麦だが、今は若い蕎麦職人が様々なことにチャレンジして革新がもたらされている。そんな時代の中で、そば文化としっかり向き合い、次の世代へつなごうとするそば職人が「手打そば 菊谷」の店主菊谷修さんだ。

 

 

時代によって変化することで

そば文化は生き残ってきた

 

つるりとしてのど越しよし、香りよし、美しい手編みのざるに盛りつけられたそばは、ほんのりと透き通ってそれはきれいなもの。そば屋酒やそば前(そばの前に食べるつまみ)という言葉もあり、そばは粋な食文化を象徴する食べ物でもある。

 

伝統的な文化を持つそばには、昔からずっと変わらないという印象を持つが、実はその世界は時代と共にめまぐるしく変化してきた。最近では若いそば職人が次々と登場し、自由な気風のそば文化が育まれつつあり、ますますその世界を広げている。

 

巣鴨に「手打そば 菊谷」を構える菊谷修さんは、畑に通い、そば農家と密にコミュニケーションをとるそば職人の一人。実はそば屋として独立するずっと以前から、そばの畑に携わってきたという。

 

大手の建設会社で働くかたわら、美味しいもの好きであちこちを食べ歩いていたという菊谷さん。そこでハマったのがそばだった。軽い気持ちでそば打ちを習ったことをきっかけに、趣味でそばを打ち始め、持ち前の探求心から独学で十割そばを打つまでになったという。

 

 

巣鴨の地蔵商店街面した手打そば 菊谷。昼から熱心な蕎麦好きで込み合っている。

 

 

そばを突き詰めているうちに、縁あって秩父のそば農家で農作業を手伝うようになっていく。その秩父で、師匠となる小池さんに出会った。やがて、会社を辞めてそば屋として独立することを決心し、名店として知られる「手打そば こいけ」(惜しまれつつも現在は閉店)で本格的に修行することとなる。

 

とはいえ、小池さんの元にいたのはわずか3か月ほどだという。その短さにびっくりするが、「長く修行しても真似になるだけだから、早く独り立ちしなさい」というのが小池さんの考え方だったという。

 

「舌を鍛えなさいというのも、小池さんの教えです。

技術というよりも、食に対する考え方をたくさん教えてもらいました」と菊谷さん。

 

江戸時代、そばは手打ちが当たり前であった。やがて明治期にそば打ちの機械が発明され、機械で打ったそばが一般へと浸透していく。すると今度は、手打ちを復興させようというムーブメントが起こり、もう一度手打ちの良さが見直されるようになっていったという。

 

そうなると今度は手打ちを工夫しようという動きが起こり、石臼での自家製粉が登場することになる。これが菊谷さんの師匠である小池さんたちの時代の話だ。その後、今ではあまり珍しくなくなったが、単一産地で打ち分けることが始まったという。例えば、本日のそばは北海道摩周産そばです、などと産地を明確に出すようになったのだ。

 

「小池さんからは、そば文化を伝えるために次の世代に何を残していくのか、

それを考えながらそば屋をやりなさい。

人間的に成長しないと本当にいいそばは打てない、

そのためには茶道もやりなさい、など、広く色々なことを教わりました」

 

独立して店を軌道にのせなくてはいけないという課題を目の前に、菊谷さんにはそば文化を守るというもうひとつの大きな命題が託されたのだ。

 

 

2種類を食べ比べる『唎きそば(ききそば)』1300円。手前が益子産のそば、奥がブレンド。ほかに『唎きそば三種』1650円もある。

 

 

そばのうんちくを語るより

そばを食べてもらえば分かる

 

『手打そば 菊谷』では、もりそばを食べ比べる『唎きそば(ききそば)』がおすすめだ。この日、まずひとつ目は益子産の春そばだった。品種は秩父の在来種で平成30年産。きれいな薄緑色をしているのは、センサーを使って緑の粒たけを拾い集めて打ったからだという。香りもよくフレッシュな美味しさがある。

 

もう一方は3種類のブレンドで、島根の在来種・横田小そばの4~5年熟成もの、長野の乗鞍の在来種で平成30年産、茨城の金砂郷町赤土村(現常陸太田市)の常陸秋そば平成29年産、つなぎは7%。もちもちとした食感と穀物の甘みを感じさせるふくよかな味わいがある。

 

「そばといっても、これだけ味のバリエーションがあるということを

知ってもらえたらと思って『唎きそば(ききそば)』を始めたんです」

 

そばのうんちくを長々とかたるよりも、食べてもらうことでそばに興味を持ってもらえる、より深く心に残る道を見つけたのだ。

 

 

そば農家を手助けすることも使命とかんじている菊谷さん。農家から様々な協力を頼まれることも少なくない。

 

 

ここでは、現在のそば文化を知るための5つのキーワードを菊谷さんにひも解いてもらいながら、そのそば職人としての考え方を聞いてみたい。

 

まずは先ほどの『唎きそば(ききそば)』にもあった在来種について。これは改良された品種と比較して、その土地でずっと栽培されてきた品種を指すことが多いが、明確な定義はないという。というのも、そばはそもそも外来の植物であり、栽培する土地等で品種が変化しやすいからだ。

 

「在来種を使ってはいますが、

特にそれだけにこだわっているわけでありません。

ただ、その土地の農業を手助けできればいいかなというところで、

在来種の復興に協力することはあります」

 

在来種は、その土地に合っていることや総じて風味がよいという面もあるが、栽培が難しい場合や収量が少ないという欠点が出てしまうこともある。そのため在来種だけにこだわり過ぎない方がいい、と菊谷さんは考えているのだ。

 

 

状態のいい緑の粒だけを選んだ益子産の春そばを見せてもらった。

 

 

次のキーワードは最近注目されている熟成。蕎麦の実を寝かせて熟成させると、タンパク質はアミノ酸に、デンプン質は糖質に変化することで風味が豊かになるという。

 

「熟成させると味わいが濃厚になりますが、

私は濃ければいいという考え方は持っていません。

むしろ柔らかい風味の蕎麦を目指しているので、

熟成させたそばの特徴を上手くブレンドに生かすことで、

理想のそばに近づけています。

『唎きそば(ききそば)』を面白くするために、

あえて熟成感を強く出して打つこともありますけどね」

 

蕎麦を寝かすことに、菊谷さんにはもう一つの意味がある。そばの仕入れは付き合いのある農家だけに限られているため品質はある程度一定しているが、収量は年によって変わるもの。

 

「そばは作物なので不作の年と豊作の年があります。

たくさんできた時には“買い取りましょう”、

逆に少ない時は、“必要な人にあげてください”というようにしています」

 

それでは、菊谷さんが打つそばが無くなってしまうのではないかと思うが心配は無用。店で寝かしたそばを持っているし、農家に預けている分もあるという。たくさんのそばを寝かせているので、少々のそば不足にも対応できるのだ。

 

そうして熟成したそばと新そばを思うようにブレンドして自分らしいそばを打つ。それが食べ比べという形となって食べる側に届けられる。

 

 

風情あるのれんが印象的な巣鴨本店。

 

 

農家の立場からそばを考える菊谷さんに、最近よく耳にするようになった『手刈り天日干し』についても聞いてみた。

 

「機械で刈ると脱穀されてしまうのですが、

手刈りではそばの実が茎についたままになります。

そのまま天日に干すことで追熟するので、そばの風味が増すんですよ」

 

ただし手作業なので重労働の上、時間も人手もかかる。さらに場所によっては、晩秋を過ぎると霜が降りるので、朝干して夜に取りこむといった手間がかかることもあるという。

 

「僕が関わっている茨城県金砂郷町赤土村(現常陸太田市)でも、

手刈り天日干しをしていましたが、

ここは農家さんの平均年齢が80歳近い。

そうなってくると重労働はもう難しいし、いずれ消えてしまうかもしれません」

 

この状況をどうにかしようと、新しい試みとして収穫をイベント化して人を呼び、その力を借りてやろうというムーブメントにも菊谷さんは関わっている。また、若い農家が興味を持って実験的にやってみようという動きもあるそうで、徐々にではあるがその対策も様々な方向へと広がりを見せている。

 

日本のそば文化を自分の世代から次の世代へどう引き継いでいくのか。その答えを農家から探ろうとする菊谷さんは、まずは今あるそばの畑を確保し、残していくことに道を見出した。師匠の教えを真摯に受け止め、そば職人としての道をひたすら突き進んでいる。

 

 

 

手打そば 菊谷 巣鴨本店

てうちそば きくたに すがもほんてん

 

住所:東京都豊島区巣鴨4-14-15

電話:03-3918-3462

営業時間:11:30~LO14:00/17:30~21:00(LO20:00)

※4月1日から夜は18時~

 

定休日:月曜(祝日と4のつく日は営業して翌日休業)

 

※掲載価格は税込価格です(2019年3月現在)

 

(取材&文・岡本ジュン 撮影・名取和久)