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2019.01.18

会期は残りわずか!
日本美術展史上最大のフェルメール展

ヨハネス・フェルメール 《牛乳を注ぐ女》 1658年-1660年頃 
アムステルダム国立美術館 Rijksmuseum. Purchased with the support of the Vereniging Rembrandt, 1908

 

牛乳を注ぐことに集中する一人の女性。一説には、硬くなったパンをミルクに浸して作るお菓子「パンプディング」の準備中、とも言われる。この日常のなにげない所作を描いた絵が、ここまで私たちを魅了するのは、なぜだろう。ほかのどの画家とも違う、透明感と静謐さのある画風。窓から入る光の粒子に照らされた、まるで彫像のような人物。精彩に描かれたオブジェもすべて何か意味ありげな、どこかミステリアスな空気。

 

 

これを描いたのはご存じ、ヨハネス・フェルメール。

 

 

彼が遺した作品として世界で知られているのは、この『牛乳を注ぐ女』をはじめわずかに35点ともいわれる。その数少ない傑作のうち、実に9点(※)が集まった日本美術展史上過去最大のフェルメール展が、いま上野の森美術館で2月3日まで開催中。鑑賞のラストチャンスを迎えている。(※現在観覧できるのは8点)

 

 

フェルメールが活躍したのは1600年代半ば頃のオランダ。レンブラントやヤン・ステーンなどが筆をふるった、オランダ絵画黄金の世紀と呼ばれる時代にあたる。

 

いまのオランダ、ベルギー、ルクセンブルクは、かつて「ネーデルラント」と呼ばれ、ハプスブルク家率いる宗主国スペインの勢力下にあった。それが長い戦争を経て独立を勝ち取り、ネーデルラント連邦共和国という海上貿易を基盤にした国が生まれ、ヨーロッパを席巻しはじめる。フェルメールはこの若く気概に満ちた国の都市「デルフト」で、父から受け継いだ宿屋と画商を営みつつ、画家としての道を歩んだ。現代で言う「複業」のキャリアといえる。

 

 

展覧会には、その若きフェルメールが描いた作品も展示されている。

 

 

ヨハネス・フェルメール 《マルタとマリアの家のキリスト》 1654-1655年頃
スコットランド・ナショナル・ギャラリー National Galleries of Scotland, Edinburgh. Presented by the sons of W A Coats in memory of their father 1927

 

 

この『マルタとマリアの家のキリスト』は、聖書や神話をモチーフにしたいわゆる「宗教画」の一つで、現存するフェルメールの絵で最もサイズが大きい。キリストが家事を心配するマルタをよそに、座ってキリストの教えを聞こうとするマリアを讃える姿を描く。ヨーロッパではこうした伝統的な主題が重きをおかれてきたが、市民階級が力を持ち始めたこの時代のオランダでは、こうした宗教画よりも市民の感覚が求める「風俗画」のニーズが高まり、やがてフェルメールの作風も変わっていく。

 

 

展覧会の前半は、フェルメールと同じ時代を生きたオランダ黄金期を代表する作家が展示され、こうした「宗教画」から「風俗画」への流れ、他のさまざまなオランダ絵画の広がりも見てとれる。「風俗画」というのは庶民の普段の暮らしぶりを映した、当時のオランダによく見られたジャンル。この風俗画の名手として最も人気のあったのがヤン・ステーンだ。

 

 

ヤン・ステーン 《家族の情景》 1665-1675年頃 アムステルダム国立美術館 
Rijksmuseum. On loan from the City of Amsterdam (A. van der Hoop Bequest)

 

 

見たところ、呑めや歌えやの賑やかな酒盛りを描いただけのようだが、テーブルの上の子どもの存在は、この騒ぐ大人達が悪い見本であることを表現。左端の老婆と窓辺の若者は「老いが歌えば、若きは笛吹く」(この親にしてこの子あり)という意味になるという。ユーモラスな情景の中に、諺や教訓を織りまぜるのは、この時代の風俗画によくあるスタイルだったらしい。

 

 

これら同時代の絵を見た後で、本展最大の見どころとなる「フェルメール・ルーム」に来ると、この作家の特別さが際だって映る。来日したフェルメール作品がひとつの部屋に展示され、フェルメール自身も目にしなかっただろう奇跡の光景がそこに広がっている。

 

 

ヨハネス・フェルメール 《手紙を書く女》 1665年頃 
ワシントン・ナショナル・ギャラリー National Gallery of Art, Washington, Gift of Harry Waldron Havemeyer and Horace Havemeyer, Jr., in memory of their father, Horace Havemeyer, 1962.10.1

 

 

1665年頃に描かれたフェルメール中期の作品『手紙を書く女』。この頃のオランダは郵便制度の発達で、手紙のやりとりが盛んに行われた。フェルメールも手紙をテーマにした6点を描いている。暗くて見えづらいが、奥の壁にかけられた絵の中には「恋愛」を表す楽器が描かれているので、主役の女性が書いているのは「恋文」だとわかるという仕掛けだ。

 

 

ヨハネス・フェルメール 《真珠の首飾りの女》 1662-1665年頃 ベルリン国立美術館
© Staatliche Museen zu Berlin, Gemäldegalerie / Christoph Schmidt

 

 

『真珠の首飾りの女』では、身支度にいそしむ女性が首飾りを結ぼうと手にリボンをとり、かすかに微笑む瞬間をフェルメールはとらえた。着飾った自分にうれしくなったのか、それともそれを見せたい誰かを想っているのか。主役の女性ではなく、光に照らされる白い壁を中心に据えた構図に、画家の空間表現のこだわりが見て取れる。着ている黄色いマントは、上記の『手紙を書く女』と同じもの。フェルメールの財産目録にも記述が残っており、彼の持ち物をモデルに着せたのだといわれる。

 

 

ヨハネス・フェルメール 《手紙を書く婦人と召使い》 1670-1671年頃 
アイルランド・ナショナル・ギャラリー Presented, Sir Alfred and Lady Beit, 1987 (Beit Collection) Photo © National Gallery of Ireland, Dublin NGI.4535

 

 

やや焦った様子で手紙をしたためる女性、「書き終わったらすぐにもって行ってほしいの」と言われたのか、ちょっとあきれ顔で外を見ながらそれを待つ使用人を描く『手紙を書く婦人と召使い』。ほほえましくもある日常のひとコマなのだが、それがフェルメールの手になると、どこか幻想的なニュアンスをもった現実として描き出されるから不思議だ。

 

フェルメールの魅力はどこにあるのだろうか。多くの場合、描かれる人物は1人か2人、どちらかといえば寡黙で動きが少なく、厳粛でミステリアスな雰囲気が与えられる。そして光の効果や謎めいた視線、寓意に満ちたモチーフの数々は、さらに見る人の心を引きこむ。

 

あるいは、手紙に込める恋心や相手への想い、着飾った時の気持ちの高まり、見知らぬ何かを夢想する心、恋愛の機微など、現代にも通じる人間の思いがそこに見えるから、時を超えた共感を呼ぶのかもしれない。

 

「光の魔術師」と形容されるフェルメールが光をあてようとしたのは何か。その答えは、絵を見る私たちの心の中にありそうだ。

 

 

9点のうち1点は年末に公開が終わり、代わりに1月9日からは日本初公開のフェルメール作品『取り持ち女』が展示に加えられた。また東京展に引き続き、2月16日からは大阪市立美術館に場を移し、『恋文』が大阪展限定で公開される(東京展とは一部展示が異なる)。美術史上稀に見る数の作品が来日している今、世界を魅了するフェルメールが描いた「光」を、ぜひ目撃したい。

 

 

ヨハネス・フェルメール 《恋文》 1669-1670年頃 
アムステルダム国立美術館Rijksmuseum. Purchased with the support of the Vereniging Rembrandt, 1893
※大阪展のみ展示

 

 

フェルメール展

2019年2月3日(日)まで

 

上野の森美術館

所在地 〒110-0007 東京都台東区上野公園1-2

開館時間 9:00~20:30※入館は閉館の30分前まで

(日時指定入場制)

前売日時指定券:一般2,500円、大学・高校生1,800円、中学・小学生1,000円

※購入方法などの詳細はウェブサイトをご確認ください。

公式ホームページ www.vermeer.jp/

 

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