The Food Crafter

2018.08.27

メキシコ料理は
自由であっていい

メキシコの多様な食文化が

料理人の道を引き寄せた

 

「メキシコ料理って日本人にはまだよく知られていないと思うんです」

 

最初に印象に残ったのは、この店の店主にして料理人でもある水口登志雄さんのこのひと言だった。そうなのかな? タコスとかナチョスとか? と頭の中でメキシコ料理のイメージをかき集めていると

 

「日本の人が思い浮かべるメキシコ料理のイメージは、

アメリカでアレンジされたテックスメックスに近いんですよ」。

 

その言葉を聞いて、ああなるほどと納得した。けれど同時に、じゃあ本当のメキシコ料理ってどんなものなのだろうという新たな疑問が湧いてきた。

 

 

ビルの2階にある店は陽気なメキシコの雑貨が楽しい

 

 

確かに、この店のメニューはよくあるメキシコ料理店とは様子が違っている。黒板に書かれた『本日のおすすめ』には、秋刀魚やホタテ、水だこ、さらにはホヤまである! およそメキシコ料理からはイメージできない食材がすまして並んでいるのだ。

 

メニューを開けば「ポソレ」とか、「タマレス」、「チラキレス」とか呪文のような料理名がいっぱい。たいていの日本人にとって、これは料理をイメージするのさえ難しい。そして、出てきた皿がまたサプライズにとどめを刺す。まるでフレンチのようにスタイリッシュなひと皿だったりするからだ。こうなるとがぜん、水口さんの料理のルーツを探りたくなる。

 

 

テキーラやメスカルなどの、メキシコのお酒の種類も豊富に揃う

 

 

メキシコ料理との出会いは

留学がきっかけだった

 

そもそも水口さんがメキシコ料理に出会ったのは、アメリカのサンディエゴに留学したことがきっかけという。サンディエゴは国境の町で、すぐ隣がメキシコのティファナ。かつてはメキシコ領であり、その文化も色濃く残っている。

 

「留学時代に食べたメキシコ料理がすごく馴染み深くて、すんなり体に入ってきたというか……」

 

要するに“ビビッときた”のかもしれない。そこからメキシコ料理への興味がスタートして、約4年半の滞在中にだんだんと料理への思いは膨らんでいく。ティファナへ行くことも多くなり、よりローカルな料理が好きなことに気がついた。

 

 

飾られた日本人アーティストの作品もメキシコをイメージさせる

 

 

サンディエゴの大学で心理学を学んでいた水口さんだが、以前から料理好きだったことも手伝って、やがて日本でメキシコ料理店を開きたいと思うようになる。

 

店を開くに当たり、水口さんは夫婦で旅に出た。アメリカの西海岸からメキシコへ、さらに南米のペルーまで車で3ヶ月ほどかけて縦断。ペルーへ行ったのは、メキシコ料理はペルー料理とよく比較されるので、せっかくなら本場を見ておきたいと思ったからだ。

 

「本場のペルー料理を見たことも勉強になりました。

でも僕個人としては、メキシコの方が国土も広くて人口が多いので、

より多民族で料理文化も面白いと感じたんです」

 

 

メキシコの先住民ウイチョール族のビーズ。ビーズアーティストを招いてのワークショップも開催したことがある

 

 

中でも地方の街の先住民の料理や伝統的な料理が心をとらえたという。そこからパワーをもらった水口さんは、帰国して2009年に店をオープン。今まで蓄えてきたものを新たに再構築し、自分にしかできないメキシコ料理を追求することとなる。

 

「メキシコ料理というと、肉と豆とトルティーヤ、

唐辛子というイメージかもしれませんが、

本来は海や山があって食材は豊富です。

それこそ内臓料理なんかもいっぱいあって、

朝からモツのスープを飲んだりします(笑)。

メキシコ人は食に貪欲な面があって何でも食べるんですよ。

最近、注目されている昆虫食も伝統的な食文化として残っています。

日本も食材が豊かですから、メキシコにない食材でも、

もしもメキシコ人だったらきっと使うだろうなと思って。

それが僕の料理の原点です」

 

 

羊のアルボンディガス 1400円
スペインがルーツの肉団子料理。肉団子に穀物をまぶすのは水口さんのオリジナル。味付けはスモークした唐辛子ペースト加えたトマトソース

 

 

 

だから、日本が誇る旬の食材は積極的に取り入れている。

メキシコには先住民の文化があり、スペインの影響も強い、さらにはアジア人もいて、それぞれのルーツに根差した料理の文化があり、多様性に富んでいる。それをなんなく受とめているメキシコは料理に対する自由度が高いという。水口さんを強く引き付けるのは、そうした自由な気風なのだ

 

例えばセビチェという料理。普通は食材をさいの目などに切って和えるのだが、写真のセビチェはフレンチのように食材を積み重ねた盛り付けで、色もかなりビビッドだ。何度も作っていくうちに自然とこの形にたどりついたという。自由だからこそ、自分なりのアプローチが許されているのだ。

 

 

秋刀魚と帆立貝のセビチェ 750円
旬の秋刀魚を使ったセビチェ(魚介のマリネ)。お箸で食べやすいスタイルに

 

 

一方で、まだまだ知られていないメキシコの文化を日本で紹介するという使命も果たしたいと考えている。メキシコの伝統酒であるメスカルの生産者を呼んでメーカーズディナーを催したり、メキシコのお祭り『死者の日』には、現地と同じように骸骨のメイクをするパーティを開いたり、先住民のビーズ細工を教えるワークショップを開いたこともある。

 

この店はメキシコ料理店としては異色だが、メキシコの文化をリスペクトし、メキシコ料理の本質を捉えている。世界有数の食の街であり、各国の料理が味わえる東京でも、メキシコの深い食文化に触れられる希少な一軒といえる。

 

 

 

ROJO Amigo Kitchen

ロホ アミーゴキッチン

 

住所:東京都杉並区高円寺南3-46-3 五明堂ビル2F

電話:03-6304-9451

営業時間:18:00~翌2:00(LO翌1:30)

定休日:火曜

 

 

※掲載価格は税別価格です(2018年8月現在)

 

(取材&文・岡本ジュン 撮影・マツナガナオコ)