WHISKY CHASER

2017.10.11

古き佳き時代へ
リスペクトを込めて造るウイスキー

2004年にたった一人から始まったベンチャーウイスキーは、イチローズモルトとして世界へ躍り出た。今回はそんな世界中にファンを持つ日本のウイスキー、イチローズモルトの魅力を知るために東京から意外なほど近い秩父蒸溜所を訪ねた。

 

今夜ウイスキーがあったらなら◇第4夜

——秩父蒸溜所を訪ねて◇後編 

 

様々な樽で寝かせて

ウイスキーの個性を引き出す

 

蒸溜を見学した後は、ベンチャーウイスキーのブランドアンバサダー吉川由美さんに案内されて、蒸溜所と同じ敷地内にある熟成庫へと向かった。

 

ほの暗い熟成庫に入ると、空気の密度が濃くなったように感じる。蒸留所の敷地内にある熟成庫は、スコットランドの蒸溜所で使われるダンネージ式で、レールを引いて樽を直接積み上げるスタイルだ。ダンネージ式の熟成庫は床が土のため、湿度が高く、熟成に向いていると言われている。

 

ベンチャーウイスキーの熟成庫はよく見ると樽の大きさがまちまちだ。一番大きいものはポート樽、それからシェリー樽やバーボン樽、ワインの樽もあり、大きさも形も不揃い。これは、様々な樽から変化に飛んだ原酒ができるようにと考えているためだ。

 

(左)大きさの違う樽が積み上げられているダンネージ式の熟成庫。
(右)ブレンドした原酒をいれておくマリッジタンク。

 

「樽は置いた場所をなるべく動かさないことで、ひとつの個性をしっかり着けています。日本は寒暖差がはっきりしているので、それが熟成にも大きく影響するんですよ」。

 

伝統的なスコッチの製法では、基本的には樽を静置した後に場所を変えることはない。ベンチャーウイスキーでもこの掟を守っている。

 

「暑い時期は樽の中のウイスキーと空気が膨張し、寒くなると収縮して呼吸が進むと言われています。スコットランドよりも寒暖差のある日本では、少し早く熟成が進みます。外国の方が、日本のウイスキーの

10年ものを飲むと、20年ものを飲んだようだと言われることがあるんですよ」。

 

熟成庫を案内しながら、吉川さんが説明を加えてくれる。樽を通して呼吸するウイスキーの香りがほのかに漂ってきた。

 

熟成庫の奥には、ブレンドしたウイスキーを入れておくマリッジタンクといわれる大きな容器がある。樽で寝かせた原酒をブレンドし、加水した後に全体が馴染むまでここで寝かすのだ。ひと際目を引いた、卵型のタンクについて尋ねてみた。

 

「卵形のものは通常はワインに使うらしいのですが、ウイスキーに使ったら面白いのではないかということで、特注しました。卵形が自然な対流を生むので早く馴染むのだそうですよ」

 

瓶詰する時は半分だけを瓶に詰めて残りの半分にはまた新しいものを足して馴染ませる、それを繰り返すことでより馴染みがよくなるという。

 

「うなぎのタレ方式ですね」と吉川さんは笑う。

 

(左)樽の職人が修理に使う道具。こまめに修理を行っている。
(右)限定品のシングルモルトは不定期で出荷される。

 

秩父産ミズナラの樽で寝かせた

ウイスキーが登場する日も近い

 

様々な樽が置かれる熟成庫にはもちろんミズナラの樽もある。ウイスキーの樽によく使われるアメリカンホワイトオークと違って、ミズナラは漏れが起こりやすいのが難点だという。

 

アメリカンホワイトオークは、木の内部にある養分を運ぶ管にチローズというスポンジ状の物体があり、これが液体を詰めた時に漏れを防ぐ。しかし、ミズナラの管にはこのチローズが含まれていないために漏れが起こりやすく、その度にひとつひとつ職人が漏れを塞ぐ必要がある。これはかなり手間のかかる作業だ。

 

「聞いたところによれば、ワインを入れると、そのタンニンが管に詰まってチロースの役割を果たしてくれるそうですよ。それで漏れなくなるので、先にワインを寝かせるという所もあるそうです」。

 

ベンチャーウイスキーでは北海道産のミズナラから樽を造っているが、ゆくゆくは秩父産のミズナラを使った樽で仕込みたいと考えている。そのために、秩父の山に分け入っての調査も進めているそうで、秩父でも樽に使えそうなミズナラが見つかっているという。

 

その名前からもわかる通り、ミズナラという木は水分を多く含んでいる。そこで樽にするには木材をよく乾燥させる必要があるため,ウイスキーの樽となるには時間がかかる。

 

「少し先になるかもしれませんが、秩父のミズナラの樽で仕込んだウイスキーを、味わっていただくことができそうですよ」。

 

(左) 世界的なウイスキーの賞を受賞した「イチローズモルト 秩父ウイスキー祭2017」
(右)この他にも、イチローズモルトは華々しい受賞歴を持っている。

 

秩父蒸溜所らしい個性を

表現したウイスキーを造りたい

 

「目指しているのはフルーティーな原酒ですが、それ以上に、飲んだ時にしっかり“これ”という強い個性が欲しいと思っているんです。他社と似たようなものを造りたいとは思っていません」。

 

吉川さんがきっぱりした口調で語るイチローズモルトの理念は、イチローズモルトを飲んだことがあり、その個性を知っていれば大きくうなずける。

 

海外でのジャパニーズ・ウイスキーの評価はバランスが良く飲みやすいことだと言われている。しかしそれを目指せば大手のメーカーとも競合するし、個性も似てしまうため、ジャパニーズ・ウイスキー全体の広がりが損なわれてしまうことにもなる。

 

ウイスキーは造られる場所によって個性が変わる。その違いを味わうことがウイスキー最大の楽しみと考えているからこそ、自分たちの個性を大切にしていきたいという。

 

「ウイスキー愛好家は、50年代や60年代のウイスキーを美味しいと言いますが、それは今みたいに手を加えず自然な製法で造っていた時代だからかもしれません。秩父蒸所は新しい蒸溜所かもしれませんが、原点回帰して、当時やっていた昔ながらの製法でウイスキーを造っていきたいと思っているんです。そうすれば、もしかしたらあの頃みたいな味わいを再現できるんじゃないかと思っています」

 

 

ここで少し肥土さんの人柄についても触れておきたい。吉川さんによれば、真面目で、コツコツやる職人気質というイメージを持たれることが多いそうだが、普段は冗談を言ってみんなを笑わせるひょうきんな一面があるとか。

 

「スタッフとはすごく近い距離感で仕事をしています。ウイスキーも伝統をベースにしながらも、その時々に新しい試みをしかけて、どうなっていくのかを楽しむようなところがありますね。実は肥土はプロレスが好きなのですが、そういうものの延長線上にウイスキーがあって、純粋にウイスキー造りを楽しんでいます」。

 

基本は、イチローズモルトを多くの人に楽しんで飲んで欲しいというのが肥土さんの願いだという。

 

「オークションなどで価格が上がり過ぎて入手しにくいとお叱りも受けますが、本来はどんどん気軽に飲んで欲しいんです。ウイスキーを楽しんで飲む方の数が増えたら嬉しいと思っています」

 

まだ小さなジャパニーズ・ウイスキーと言うカテゴリーを確立するためには、より多くの蒸溜所があった方がいいというのが肥土さんのも考え方だ。

 

数が増えれば自然とカテゴリーができあがっていくが、その中で重要となるのは品質。質の低いウイスキーが増えれば当然のことながら評価は下がる。“それは困る”というわけで、肥土さんは日本で新しく立ち上げる蒸溜所には、積極的に技術を教えている。

 

ベンチャーウイスキーは世界的に知られる蒸溜所でもあり、海外からの見学や研修も少なくない。最近どんどんウイスキーの蒸溜所が立ち上がっているというアメリカからも研修が増えているという。後に続く若い蒸溜所にとって、ベンチャーウイスキーは憧れであり、頼れる先輩でもあるのだ。

 

 

株式会社ベンチャーウイスキー 秩父蒸溜所

 

住所:埼玉県秩父市みどりが丘49

※見学はプロ向けのみ(要予約)。一般見学、販売は行っていない。

 

(取材&文・岡本ジュン 写真・西崎進也)

 

PROFILE  岡本ジュン

“おいしい料理とお酒には逆らわない”がモットーの食いしん坊ライター&編集者。出版社勤務を経てフリーに。「食べること」をテーマに、レストラン、レシピ、お酒、生産者、旅などのジャンルで15年以上に渡って執筆。長年の修業(?)が役に立ち、胃袋と肝臓には自信あり。http://www.7q7.jp/