日本のホテル&旅館探訪、季節を巡る魅惑の旅12か月

2019.07.26

[第2回]坐忘林(ざぼうりん) ~倶知安町/北海道~
日本旅館が変わる?
北の大地に誕生、究極のラグジュアリー&モダニズム

坐忘林のバーは開放感のあるスペース。大きなガラス窓から羊蹄山が望め、もう少し右にはアンヌプリが迫る絶景。

北海道後志地方南部に鎮座する羊蹄山(標高1898m)は、富士山のように美しい姿から、蝦夷富士として知られています。日本百名山にも選ばれているこの山に対峙し、さらに活火山であるニセコアンヌプリが迫る山懐に、白樺林に包まれて佇むスタイリッシュな日本旅館「坐忘林」があります。

「これが日本旅館?」と誰もが驚きますが、開業当初からオーナーたちが表明しているのは、「ここは新しい形の日本旅館として、日本の方々に来ていただきたい」と願っていること。まさに「坐忘林」は、日本旅館と呼ぶには潔いほどに規格外でモダン、独特な美学を感じさせ、2015年6月6日に開業しました。そして未来志向の「坐忘林」の誕生は、これまでの旅館の概念を大きく変えたことは言うまでもありません。

近年の北海道各地では高温を記録し驚かされることもありますが、さすがにここ倶知安町の山の中では、白樺林を吹き抜ける涼し気な風に包まれます。

 

客室のひとつ。大きなガラス張りの客室は自然との一体感が感じられる。

 

さて、旅館名の‘坐忘’の意味をご存知でしょうか。仏教用語で、「静座して現前の世界を忘れ雑念を除く」との意味があります。この大自然の中で、雑念を忘れ、非日常の世界観に浸る滞在を願ってのことでしょう。それでも開業当時から一貫して、ここは「日本旅館」であると強調していたのは、旅館という日本独自の伝統的な存在をグローバルな感性で造り上げ、日本人に良く評価されるかという期待があったのかもしれません。オーナーたちは、当時も今も外国人です。宿の敷地は約4万㎡もあり、宿の建物以外は、白樺林や雑木林に覆われ、アンヌプリの伏流水が湧き出る自然の池もあります。

 

すべての客室のレイアウトが異なる。奥には露天風呂が見える客室。Photo: Kyoko Sekine

 

石造りの露天風呂は大きな湯船に「坐忘林温泉」源泉掛け流し。Photo: Kyoko Sekine

 

館内の豪華さにも目を見張ります。和洋折衷の館内はシンプルモダンな洋風テイストと、日本古来の伝統建築が融合し、みごとに個性溢れる空間となっているのです。ガラス張りの広いレセプションには大きな暖炉が造られ、建物の反対側に造られたリビングエリアにも、種類の違う大きな暖炉が天井まで伸びています。レセプションとリビングの間には、幅も広く、長さ11mものカウンターのあるバーが造られ、動かすには重すぎるほど贅沢な椅子が並び、窓に映る羊蹄山の姿を見ながら夕陽を眺めるのは最高です。バーの近くには、ライブラリィやお茶を立てる茶室スペースも造られ、いつでもお茶がいただけます。食事処は下の階に全個室が揃っています。少なくとも、私自身の経験から、これほどエキサイティングな日本旅館を今までに見たことがありませんでした。

広大な山の敷地に、部屋数はたったの15室のみ。それぞれの客室の広さは70~86㎡はあり、すべての客室に源泉掛け流しの坐忘林温泉が2か所づつ引かれています。ひとつはバスルーム内にある木製の大きな内風呂として、もうひとつはテラスに置かれた石造りの露天風呂として温泉が楽しめます。滔々と湧き出る源泉掛け流しの温泉は、どちらの湯船も手足を伸ばせる大きいもので、ゆったりと楽しめる贅沢感がたまりません。

夏の早朝、客室ではすべてのガラス戸を開け、白樺林から吹く風を室内に通し、響き渡る小鳥の声をBGMに、またウトウト…というのも至福の時です。美味しい朝ごはん迄のこんなひと時が1日の始まりです。もちろん、朝風呂は露天風呂がベスト。日の出を待ちながら自然との一体感に包まれるなんて、都会ではできない非日常でしょう。

 

この辺りでは春に木々の色づきが見られ「春紅葉」と呼んでいる。

 

テラスに座り白樺林を抜けてくる優しい風に包まれる。

 

2階にあるロビーとロビーラウンジにある大きな暖炉。Photo: Kyoko Sekine

 

贅沢な宿では食事も個性派です。北海道の旬の食材をたっぷりと使い、気鋭の料理長が腕を振るう創作和食‘北懐石’が提供されています。北国の素材にこだわる料理長、瀬野嘉寬が、滋味溢れるモダンな懐石料理に腕を振るっています。自然環境との一体感や、叡智の集約された新しい日本旅館の独自性に惹かれます。今年の夏も“ニセコ積丹小樽海岸国定公園”を目指すことにしましょう…。

 

左:「北懐石」 (食事)は北海道ならではの季節の旬を用いた懐石料理を提供。
右:北海道の山海の幸をたっぷりといただく人気の朝食。焼き魚はその日の入荷によって季節ものを。

 

文/せきねきょうこ

Photo:坐忘林

 

せきねきょうこ/ホテルジャーナリスト

スイス山岳地での観光局勤務、その後の仏語通訳を経て1994年から現職。世界のホテルや旅館の「環境問題、癒し、もてなし」を主題に現場取材を貫く。スクープも多々、雑誌、新聞、ウェブを中心に連載多数。ホテルのアドバイザー、コンサルタントも。著書多数、現在、新刊出版を準備中。

http://www.kyokosekine.com

 

坐忘林

北海道虻田郡倶知安町花園76-4

☎︎0136-23-0003

www.zaborin.com

全15室
料金:(1室2名利用)1泊2食1名料金77,000円~

施設:食事処、ラウンジ、バー、ライブラリー、スパ、他

アクセス:車/新千歳空港から約2時間30分