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2019.04.17

そして彼は「ル・コルビュジエ」になった。
自身が設計した美術館で見るその原点。

「ヴォワザン計画」図面の前のル・コルビュジエ 1926年 ©FLC

ユネスコの世界文化遺産に登録されて3年、そして1959年6月に開館してから今年でちょうど60年を迎える東京・上野の国立西洋美術館。この機会にふさわしい展覧会が、いま美術館で開催されている。「ル・コルビュジエ 絵画から建築へーピュリスムの時代」だ。

 

国立西洋美術館本館外観 ©国立西洋美術館

 

JR上野駅近くにある国立西洋美術館本館を設計したのが「近代建築の三大巨匠」と呼ばれたこの建築家ル・コルビュジエだということはご存じだろうか。実は世界によく知られるその名前は彼の作家名で、本名は「シャルル=エドゥアール・ジャンヌレ」という。スイスに生まれ、パリで活躍し、のちにフランス国籍を取得した。

 

ル・コルビュジエといえば、1930年代以降、とりわけ第二次世界大戦後に設計された『ユニテ・ダビタシオン』や『ロンシャンの礼拝堂』そしてここ『国立西洋美術館本館』など、彼が建築、都市計画など幅広い領域にわたって「近代の精神」の実現を目指した数々の代表作によって業績が語られることが多い。しかしこうした彼の「近代建築運動」は、ある日突然に生まれたわけではない。

 

パリ、ジャコブ通りの自宅におけるル・コルビュジエと《多数のオブジェのある静物》(部分)1923 
パリ、ル・コルビュジエ財団 ©FLC/ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2018 B0365

 

この展覧会は、若きジャンヌレがこうした考えを育んでいった約10年間の活動に焦点をあてる。ル・コルビュジエができあがる過程をたどる展示と言ってもいいかもしれない。それが、のちの日本をふくむ世界の建築に大きな影響を与えていくとは、本人さえおそらくまだ想像もしていない頃の話だ。

 

 

それは「ピュリスム(純粋主義)」という運動で幕をあけた。

 

時は1918年の終わり。ヨーロッパに深い傷を残した第一次世界大戦が終結したばかりのパリで、まだ画家シャルル=エドゥアール・ジャンヌレと名乗っていたル・コルビュジエと画家のアメデ・オザンファンは絵画展を共同開催する。

 

二人は当時ピカソやブラックによって進められていた「キュビスム」運動を超える新しい芸術を生みだそうと、冊子『キュビスム以後』を発行し、近代の精神を表現するものとして「ピュリスム(純粋主義)」を宣言する。

 

彼らは、近代生活を支える科学が法則に基づくのと同じように、芸術にも普遍的な規則がなくてはならないと、幾何学などを応用して明快な構成を作り上げるピュリスム絵画を追求した。

 

シャルル=エドゥアール・ジャンヌレ(ル・コルビュジエ)《開いた本、パイプ、グラス、マッチ箱のある静物》1918年頃 鉛筆・グアッシュ、紙 37.5×53.5cm パリ、ル・コルビュジエ財団 ©FLC/ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2018 B0365

 

1920年に、二人は雑誌『エスプリ・ヌーヴォー(新精神)』を創刊。進化する機械文明に対応した「構築と総合」の理念を、芸術と生活のあらゆる分野に浸透させようと試みる。この時、ジャンヌレは「ル・コルビュジエ」のペンネームで建築論を連載。1922年には建築家ル・コルビュジエとして、本格的に活動を始めることになる。

 

シャルル=エドゥアール・ジャンヌレ(ル・コルビュジエ)《多数のオブジェのある静物》1923年
油彩、カンヴァス114×146cm パリ、ル・コルビュジエ財団 ©FLC/ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2018 B0365

 

 

1920年代パリの美術界がル・コルビュジエに与えた影響。

 

この頃、パリの美術界ではピカソらの提唱したキュビスム(立体派)が第二の隆盛期を迎えていた。キュビスムは、描かれる対象の形を解体して、それまでとはまったく違った絵画の表現を生みだした運動。初めはキュビスムを批判していたジャンヌレとオザンファンだが、この頃になるとキュビスムの芸術家たちは近代的精神の表現に先んじて到達していたのだとして、むしろピュリスムの先駆者と位置づけるようになる。

 

フェルナン・レジェ《サイフォン》1924年 油彩、カンヴァス 64.8×45.7cm バッファロー、オルブライト=ノックス美術館 Collection Albright-Knox Art Gallery, Buffalo, New York. Gift of Mr. and Mrs. Gordon Bunshaft, 1977 (1977:29)  Image courtesy of the Albright-Knox Art Gallery

 

展示は、第一次大戦後のキュビスムを代表するパブロ・ピカソ、ジョルジュ・ブラック、フェルナン・レジェなどの絵画や彫刻などから構成され、ル・コルビュジエが多大な刺激を受けた1920年代のパリの前衛美術の環境を再現。新しい建築の創造へと彼が向かうための原動力になった時代の空気が見て取れる。

 

 

建築こそ最も高貴な芸術である、という信念。

 

建築家として精力的な活動を始めた彼は、1923年に最初の著書『建築をめざして』を出版。そこで有名な「家は住むための機械である」という言葉を残した。これもあって、ル・コルビュジエの建築はその機能によって語られることも多い。しかし彼は機能が建築のすべてだと考えていたわけではない。合理性・機能性を満たした上で、「詩的感動」を呼び起こす造形に達してこそ、建物は「建築」の名に値する、と彼は主張した。

 

ル・コルビュジエ 「エスプリ・ヌーヴォー館」(1925年)Musée des Arts Décoratifs, Paris ©MAD, Paris

 

彼は、建築を近代的な芸術に高める、という理想のもと、同時代の美術にも深く傾倒。「エスプリ・ヌーヴォー館」(1925年)や「ラ・ロシュ=ジャンヌレ邸」(1923年-25年)において、建築と絵画、彫刻による総合的な芸術空間を作りあげた。

 

ル・コルビュジエ「ラ・ロシュ=ジャンヌレ邸」(1923-25年)Photo Olivier Martin Gambier 2016 ©FLC

 

こうしたピュリスムの時代を経て、ル・コルビュジエの思想は形づくられていった。そして絵画から建築、都市計画、インテリア・デザインまで「近代の精神」の実現を目指す活動につながっていく。しかしそのすべての活動を支えていたのは、人間に自由と幸福を与えるのは芸術であり、建築こそが最も高貴な芸術である、という信念だったという。

 

今回の「ル・コルビュジエ」展は、建築家である以前に芸術家でありつづけた彼の本質、そして彼が目指した芸術とは何かを、その原点から教えてくれる展覧会だといえそうだ。

 

 

彼が設計した美術館の中で体感する「近代」。

 

この展覧会のもう一つの見どころは、もちろん美術館そのものだ。国立西洋美術館本館は、ル・コルビュジエの設計のもと、パリで彼に師事した前川國男、坂倉準三、吉阪隆正という3人の日本人建築家の協力で完成した。

 

一見わかりづらいが、実は所蔵品が増えるにつれて建物が中心から外へ螺旋状に広がっていく「無限成長美術館」のコンセプトに基づいて造られている。建物の中央にある「19世紀ホール」は、この無限成長の基点となる場所だ。

 

展覧会はここから始まり、まさにル・コルビュジエが提唱しつづけた「近代の精神」を、この建物と展示とをあわせて「体感」するものになっている。ぜひ展示品だけでなく、世界文化遺産であるこの建築とともに展覧会を味わいたい。そうすればきっと、ル・コルビュジエが目指したものの一端が見えてくるはずだ。

 

国立西洋美術館本館 19世紀ホール ©国立西洋美術館

 

 

『ル・コルビュジエ 絵画から建築へーピュリスムの時代』

会期:2019年5月19日(日)まで

国立西洋美術館本館

所在地:東京都台東区上野公園7-7

開館時間:9:30~17:30

金曜日・土曜日は午後8時まで ※入館は閉館の30分前まで

休館日:毎週月曜日(ただし4月29日、5月6日は開館)、5月7日(火)

観覧料:一般1,600円、大学生1,200円、高校生800円

※詳細はウェブサイトをご確認ください。

展覧会公式ウェブサイト: https://www.lecorbusier2019.jp/

お問い合わせ:03-5777-8600(ハローダイヤル)

 

 

文/杉浦岳史

 

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