パリとアート

2019.01.11

ヴェルサイユの静かな離宮に、
歴史上の主役たちがよみがえる。

Hiroshi Sugimoto, Surface of Revolution, 2018, aluminium, acier. Courtesy de l’artiste © Tadzio

 

パリ市の南西約20kmほどの距離にある世界遺産・ヴェルサイユ宮殿。パリに観光で訪れる人の多くがやってくるブルボン家ゆかりの王宮は、太陽王と呼ばれたルイ14世が造営した。日本人にも『ベルサイユのばら』などを通じて、なじみのある場所だろう。

 

 

ヴェルサイユ宮殿といえば「鏡の間」や「王の寝室」などがある宮殿そのものがよく知られているが、壮大な庭園の奥のほうにはマリー・アントワネットが好んで過ごしたという「トリアノン」と呼ばれる離宮エリアがある。もともとはルイ14世が「グラン・トリアノン」という大理石のお城を造営したことに始まり、その後、ルイ15世の公妾ポンパドゥール夫人が「プチ・トリアノン」を建設。受け継いだルイ16世は、奥方となったマリー・アントワネットにそれをプレゼントした。

 

 

ヴェルサイユ宮殿トリアノン区域 © château de Versailles / Thomas Garnier

 

 

マリー・アントワネットはここを隠れ家として、新しい建物や劇場、田舎風の集落などを造りあげ、自分があこがれた田園の風景に染めた。いろいろと夫である国王に秘密のこともあっただろう。「ベルサイユのばら」でもフェルゼンとの密会など、数々のシーンの舞台とされている場所だ。

 

 

この離宮エリアで、写真家であり美術家、今では建築、演劇などにも幅を広げた表現活動を手がける杉本博司氏の展覧会が開催されている。1974年からニューヨークを拠点に活動する彼は世界的にその名が知られているが、2014年にはパリのパレ・ド・トーキョーで巨大な個展を開催するなどフランスとの関わりも深い。

 

 

杉本博司 Hiroshi Sugimoto © Tadzio

 

 

ヴェルサイユ宮殿では2008年からこれまで毎年、ジェフ・クーンズや村上隆、李禹煥、アニッシュ・カプーアなど世界を代表する美術家を招聘。宮殿という歴史の積み重なりに、現代美術がどう対峙するのか。賛否両論を巻き起こしながらも、つねに話題を集めてきた。

 

11回目となるこの現代美術の展覧会で離宮の各所におかれたのは、ヴェルサイユ宮殿の歴史上、ここを訪れ、そして去っていった人々だ。杉本博司氏は「日本の『能』が舞台上に死者の魂を亡霊として呼び出し語らせるように」こうした人々の霊を蝋人形として呼び寄せた、と語る。

 

 

ルイ14世 Hiroshi Sugimoto, Louis XIV, 2018 Tirage argentique, 149 x 119.5 cm
Courtesy de l’artiste & Gallery Koyanagi (Tokyo) ; Marian Goodman Gallery (New York, London, Paris) ; Fraenkel Gallery (San Francisco)  © Hiroshi Sugimoto

 

 

たとえばこのルイ14世。これは肖像画ではなく、杉本博司氏による写真作品だ。実は死の10年前、ルイ14世は顔の型をとられ、蝋によるレリーフが製作されていた。杉本博司氏はこれを再撮影し、王の「生前の姿」を写真で再現することに成功した。もちろん18世紀には写真はまだ発明されていないが、その精密な質感はかなりリアルで、まるで本人をそのまま映したかのようだ。

 

 

蝋人形といえば「マダム・タッソー」の名を思い出す人もいるかもしれない。ロンドンを本拠地に、東京・台場にもある蝋人形館の由来となった人だ。本名はマリー・グロショルツ、のちのマリー・タッソー。彼女はフランスのストラスブールに生まれたが、母親が家政婦として務めた先が、蝋で解剖模型を製作する名手であった医師クルティウスだったことから、のちに彼の助手として蝋人形細工の技術を習得。やがて、フランス革命前後を生きた数々の名士たちの蝋人形を彼女が作ることになる。

 

 

そのうちの一人が、トリアノン区域のフランス館と呼ばれる建物に作品が置かれた、皇帝ナポレオン・ボナパルトだ。

 

 

ナポレオン・ボナパルト Hiroshi Sugimoto, Napoleon Bonaparte, 1999, tirage argentique. Courtesy de l’artiste © Tadzio

 

 

マリー・グロショルツは革命の時期、王党派との関係を疑われて投獄されるのだが、この時同室になったのが、のちにナポレオンの皇后となるジョゼフィーヌだった。牢獄で「いつか蝋人形を作ってね」と意気投合したかどうかはわからないが、二人は生き延び、5年後にそのジョゼフィーヌを通してマリーがナポレオンの肖像製作の依頼を受けたのだった。

 

 

ナポレオン・ボナパルトとヴォルテール Hiroshi Sugimoto, Napoleon Bonaparte et Voltaire, 1999, tirage argentique. Courtesy de l’artiste © Tadzio

 

 

同じくマリー・グロショルツの手で作られた啓蒙主義者ヴォルテール、そして革命後に成立したフランス共和国に初代アメリカ大使として赴任したベンジャミン・フランクリンの写真もこのフランス館におかれている。3人はかつてこの館を訪れた。そして200年以上の時を超え、杉本博司氏によって写真化され、この場に帰ってきた。

 

 

ヴィクトリア女王 Hiroshi Sugimoto, Queen Victoria, 1999 / Tirage argentique, 149 x 119.5 cm
Courtesy de l’artiste & Gallery Koyanagi (Tokyo) ; Marian Goodman Gallery (New York, London, Paris) ; Fraenkel Gallery (San Francisco) © Hiroshi Sugimoto

 

 

ほかにも、プチ・トリアノンには、ウェールズ公妃ダイアナ、エリザベス2世、ヴィクトリア女王、フィデル・カストロ、サルバドール・ダリ、そして昭和天皇などの蝋肖像写真がおかれている。みな、その人生のどこかでこのヴェルサイユの地に立った人ばかりだ。

 

 

ここトリアノン区域のかつての領主、マリー・アントワネットは、羨望や嫉妬の渦巻く宮廷の雑事から逃れるかのように、この静かな館で時間を過ごした。野草や花の園が広がり、羊や牛たちも見られる田園風景は、ヴェルサイユ宮殿の絢爛さとかけ離れた清貧ささえ感じられる。

 

杉本博司氏は、それを安土桃山時代に佗び茶を完成させた千利休と重ね合わせた。それ以前は豪奢な広間で行われていた茶事を、畳二畳の極小空間で、しかも入口も頭を下げなければならない大きさとし、金箔で覆われた城や茶室でなく、どこまでも簡素な「草庵の茶」を徹底した利休。杉本氏は、その現代版の茶室をトリアノン区域のもっとも奥まったプラ・フォン池にしつらえた。

 

 

プラ・フォン池におかれた茶室『聞鳥庵/モンドリアン』 Glass Tea House Mondrian, Bassin du Plat-Fond, Versailles, 2018, commissionnée à l’origine par Pentagram Stiftung for LE STANZE DEL VETRO, Venice. Architectes : Hiroshi Sugimoto et Tomoyuki Sakakida / New Material Reasearch Laboratory. Courtesy de l’artiste & Pentagram Stiftung  © Tadzio

 

 

彼は言う。「私はマリー・アントワネットの住んだ田舎家の近くに、利休の意を受けて作った私の現代のミニマル茶室を据えてみようと思った。プラ・フォン池中央にガラスで囲われた二畳の茶室『聞鳥庵/モンドリアン』。私はマリー・アントワネットと千利休の魂が呼応する、その響きが聞こえるような気がするのだ」。

 

 

武者小路千家家元後嗣 千宗屋氏と杉本博司氏による茶会 Cérémonie de thé à la Glass Tea House Mondrian, Bassin du Plat-Fond, Versailles, 2018. Tea Master So’oku Sen of Mushakoji Senke Invité : Hiroshi Sugimoto Assistant : Yu Mayuyama Production : Odawara Art Foundation & Château de Versailles Spectacles © Tadzio

 

 

ヴェルサイユと茶室。言葉で聞くと不思議な感じもするが、実際にしつらえられた茶室は庭園の風景と静かな調和を見せ、歴史という絆で結ばれた必然性のようなものさえ感じさせる。

 

ヴェルサイユ宮殿とその離れで繰り広げられた歴史の物語と、それを再現する蝋細工のポートレートシリーズ。そして、フランスと日本の文化を橋渡しする一脈の共通点。杉本博司氏は、この場所が持つ文脈を世界遺産の舞台で鮮やかに表現してみせた。展覧会は2月17日まで開催される。

 

 

 

SUGIMOTO VERSAILLES ヴェルサイユ宮殿 杉本博司展

Domaine de Trianon トリアノン区域

2019年2月17日まで

月曜日を除く毎日開催

12:00〜17:30 (最終入場は17:00、チケット購入は16:50まで)

入場料 一般12ユーロ(トリアノン区域のみの場合)

 

Text : 杉浦岳史/ライター、アートオーガナイザー

コピーライターとして広告業界に携わりながら新境地を求めて渡仏。パリでアートマネジメント、美術史を学ぶ高等専門学校IESA現代アート部門を修了。ギャラリーでの勤務経験を経て、2013年より Art Bridge Paris – Tokyo を主宰。現在は広告、アートの分野におけるライター、キュレーター、コーディネーター、日仏通訳として幅広く活動。