WHISKY CHASER

2018.02.14

2018年春、またひとつ
ウイスキーの聖地が誕生する

世界中でますますジャパニーズウイスキーに注目が集まる中。各地の新しい蒸溜所では、日々新しいウイスキーが生み出されている。そんな注目の蒸溜所のひとつである、ガイアフロー静岡蒸溜所を訪ねた。
 

今夜ウイスキーがあったなら◇第8夜

 

自然豊かなオクシズの地で

新しいウイスキーが育まれている

 

静岡インターからおよそ40分、真っ青な空が広がる道を南アルプスの裾野へ向かって車を走らせると、ガイアフロー蒸溜所はサイドに安部川の支流である中河内川、背後に緑の山を従えて建っていた。

 

操業開始は2016年とまだ新しい。アメリカ人建築家デレック・バストン氏による建物は、温かみがあり、エントランスにはブルーののれんが鮮やかに翻る。スタイリッシュだが、周囲の自然と穏やかに調和する景観が美しい。

 

ここは静岡市の奥座敷という意味を込めて、『オクシズ』と呼ばれる豊かな自然に恵まれた地域だ。蒸溜所は現在、この2018年春の一般公開を控えて、着々と準備を整えているところだ。

 

エントランスにかかるブルーののれん。

 

ものづくりにおける熱量は

人から人へと伝わっていく

 

ガイアフロー静岡蒸溜所の物語は、代表の中村航大さんがスコットランドへ旅をしたことから始まった。全く違う業種の仕事だった中村さんは、ウイスキーの魅力に惹かれて、スコットランドの蒸溜所巡りをしていた。そこで出会ったマイクロディスティラリーの生産者の情熱、ものづくりの姿勢が、中村さんの心をつき動かしたという。

 

祖父が創業者という精密機器の会社の代表をしていた中村さん。熱烈なウイスキー愛好家から造り手に転身した。

 

とくに、キルホーマン蒸溜所を見学したことが背中を強く推すきっかけになった。キルホーマン蒸溜所はスコッチの名門アイラ島で100年以上ぶりに誕生した新しい蒸溜所だ。規模はごく小さいが、かつてアイラ島では一般的であったという、ファームディスティラリー(農場蒸溜所)を志している。世界的にもウイスキーには新しい造り手がどんどん参入している時代、ウイスキーの世界は今、新しい可能性に満ちているのだ。

 

テイスティングルームにずらりと並ぶニューメイクのウイスキー。

 

「世界中の新しい蒸溜所で様々な試みが行われている時代です。中でも、地元の原料を使ってウイスキーを造ろうという流れは各地で起きています」。

 

そういって中村さんが並べた2本のウイスキーは、インドのアムルット蒸溜所とスウェーデンのボックス蒸溜所のウイスキー。どちらもスコットランド以外で作られるシングルモルトとして、世界で注目を集めているという。

 

「この2つは国産の麦芽を使ってウイスキーを作っています。

飲んでみると、確かに独特のクセというか、風味があります。

ワインにテロワールがあるように、ウイスキーでも土地の個性を表現できたら」。

 

その風味こそ、その土地、その蒸溜所のウイスキーであるという確かな証だ。目指しているのは静岡らしいウイスキー。その実現のために今は様々な試行錯誤を繰り返しているところだ。

 

地元の杉の木で作られている発酵槽もある。

 

ウイスキーの歴史につながる

蒸溜機を蘇らせて

 

ものごとが動くときにはタイミングが大きく関係する。

それによって意外な展開へと導かれることもあるのだ。中村さんが蒸溜所の設備を発注する段階で、2012年に閉鎖された軽井沢蒸溜所の設備がオークションにかかるという情報が舞い込んだ。

 

そこにある英国製のモルトミルを入手しようと手を挙げたが、それには設備一式をまとめて引き取るという条件があった。しかし手にした蒸溜所の設備は古く、使えるものは少なかったという。4台ある蒸溜機は使用不可能と思われたが、4台の部品を上手く組みあわせることで、なんと1つの蒸溜機として再生することに成功したのだ。

 

軽井沢蒸溜所の蒸溜機。下部はタイトでアームが長い。

 

「作られた年代は定かではないのですが日本製です。釜の形も独特ですし、アームの長さに特徴があります」。

 

古いウイスキーファンにとっては、かつての軽井沢蒸溜所の蒸溜機が新しいウイスキーにどんな影響を及ぼすかはひとつの楽しみでもある。これを含めて蒸溜機は3台。軽井沢のものと新しく購入した2台が初溜釜、再溜釜はひとつだが初溜釜が薪窯というのが大きな特徴だ。

 

「2つの初溜釜からは全然違う味わいのウイスキーができるんですよ。上手く使い分けていきたいと思っています」。

 

再溜釜は英国製。どっしりと下部が広い形をしている。

 

気になる軽井沢蒸溜所の蒸溜機は、軽やかできれいな味に仕上がるという。この蒸溜機を始め、設備はそれぞれ中村さんがベストだと考えているメーカーのものを揃えた。理想のウイスキーへの一歩を踏み出したのだ。

 

初溜釜の動力となる薪窯。積んである薪も地元の木材だ。

 

静岡らしいウイスキーを

造るためにできること

 

麦芽は国産のものも使うが、外国産の麦芽ではピートを炊いたもの、ピートを炊いていないものを使い分けている。また、イギリスやドイツ産のビール用の麦芽でもウイスキー造りにチャレンジしているのが面白い。

 

粉砕機にかけられたモルトは3段階の粗さに粉砕されている。

 

国産のモルト、地元の伏流水、発酵槽も静岡産の杉の木を使い、薪も地元の木材を使用する。そうしてできたウイスキーを、中村さんはこう語った。

 

「バランスがよく素直な味わいに仕上がっていると思います。静岡県はよく素直だといわれるので、まさには静岡らしい個性かもしれませんね」。

 

テイスティングルームから見下ろす蒸溜機。
大きな窓があり開放的な空間だ。

 

蒸溜所の2階にある真新しいテイスティングルームで、ニューメイク(蒸溜したてのウイスキー)を試飲してみた。確かに若々しいが思った以上に穏やかで柔らかい。

 

国内外のウイスキーのプロの間では、すでに注目を集めているガイアフロー静岡蒸溜所。

その評価は上々だ。蒸溜所の見学ツアーの開始は今年2018年の春頃、シングルモルトの発売は2020年を目指している。

 

 

ガイアフロー

静岡蒸溜所

 

住所:静岡県静岡市葵区落合555

電話:TEL.054-292-2555

アクセス:東海道新幹線静岡駅より車で約40分

http://shizuoka-distillery.jp/

 

※2018年春より見学受付予定(要予約)

 

          (取材&文・岡本ジュン 写真・西﨑信也)

 

PROFILE  岡本ジュン

“おいしい料理とお酒には逆らわない”がモットーの食いしん坊ライター&編集者。出版社勤務を経てフリーに。「食べること」をテーマに、レストラン、レシピ、お酒、生産者、旅などのジャンルで15年以上に渡って執筆。長年の修業(?)が役に立ち、胃袋と肝臓には自信あり。http://www.7q7.jp/