The Food Crafter

2018.04.25

イタリアが認めた
国産小麦のピッツァ誕生

ピッツァやパスタの小麦はイタリア産の人気が根強い中、本場の小麦粉に負けない、国産小麦のピッツァ専用小麦が誕生。ナポリピッツァの伝統を守るために設けられた『ピッツァナポレターナSTG』の認定も受けた本格派で、この小麦粉が日本のピッツァ文化を変えるかもしれない。

 

北海道小麦を100%使用した

ピッツァ専用小麦粉

 

2017年、ナポリのピッツァイオーロ(ピッツァ職人)の伝統と技がユネスコの無形文化財に登録された。ナポリでは、ピッツァの作り方はもちろん、使う素材にも厳格な基準値を設けているが、生地に使う小麦粉も例外ではない。そこに挑んだ日本の小麦粉の物語の裏には、ひとりの料理人の情熱があった。

 

ピッツェリア ジターリア ダ フィリッポは練馬区石神井公園にあるイタリアン。

郊外にありながら、夜はもちろんのこと、平日のランチもいつも混みあっている人気店だ。価格も料理も都心にあって不思議はないレベルだが、陽気で気安い雰囲気は、まさにイタリアにある地元の食堂といった風情。

 

オープンキッチンを見渡せるフィリッポの店内。隣にもうワンフロアある。

 

今年2月にフィリッポへうかがうと、オーナーの岩澤正和さんが小麦粉のことを熱く語り始めた。ちょうど『ピッツァナポレターナSTG』に北海道小麦を100%使ったピッツァ用の小麦粉が認められたというニュースが飛び込んできたというのだ。

 

優秀なピッツァイオーロ(ピッツァ職人)が次々と誕生する日本では、本場に劣らないピッツァの文化が根付き始めている。そんな中、日本人のピッツァイオーロたちが使っている小麦粉は外国産、それも“こだわるなら断然イタリア産”という空気感がある。

 

しかし、イタリアでは郷土の食材を使うのが当たり前だ。スローフードの根強いイタリアのスピリットに習って、ピッツァ用の小麦粉も国産で作れないだろうか? この小麦粉誕生のきっかけは、岩澤さんのそんな思いからだった。

 

フィリッポのピッツァは薪窯で焼かれる。

 

「イタリアでは地元の食材を大切にします。

イタリア料理から、僕はそのことを一番に学びました。

自分の店でも地元の食材に常にこだわってきましたが、

今回の小麦粉の発端になったのは、子供たちのアレルギーの問題だったり、

これから子供たちに何を食べさせたらいいのだろうという思いでした」

 

素材の安全性や安心感を高めること、さらには日本人の体に合う国産の素材で料理を作りたいという気持ちも芽生えた。

 

「例えば、日本人がフランバンを一本食べるのは大変ですが

ご飯ならたくさん食べられる。逆にフランス人は

ご飯をたくさん食べるのは無理でもフランスパンならたくさん食べられる。

それぞれの食文化で培われた、体に合った食材ってあると思うんです。

国産の小麦は日本人が食べても体への負担が少なく、

美味しく食べてもらえるんじゃないかと思っています」

 

フィリッポのピッツァの軽さにはびっくりさせられる。

生地はクリスピーで小麦の風味をしっかり感じさせるが、胃に収まった時の軽さがなんともいい。

一人で1枚はぺろり。調子に乗って食べた過ぎたかな? と思っても食後の胃が軽いのだ。

国産小麦のなせる技は想像以上。体が物語るのだ。

 

ピッツァ・マリナーラGTALIA 1,600円
味の良い日本のトマトと、栄養価が高いイタリアのトマト。その2種類を使って、栄養と味の両方をバランスをよく。

 

ブラインドで評価された

美味しさはゆるぎない

 

岩澤さんがピッツァ用の小麦粉に取り組み始めたのは4年ほど前。

 

「ピッツァ用の小麦を作ってくれませんか」。

 

国内の主な製粉メーカーへ片っ端から問い合わせたが、答えはすべてノー。

そこで途方にくれている時に紹介されたのが、北海道にある江別製粉だったという。

 

江別製粉は歴史ある製粉会社で、国産小麦が注目されるずっと以前、1990年代から北海道産の国産小麦にこだわってきた。パン用の国産の小麦粉をいち早く手掛けたことでも知られている。

 

しかし、実際に始めてみるとピッツァ用小麦粉への取り組みはそう簡単ではなかった。

江別製粉から送られてくるサンプルを使って、フィリッポでピッツァを作って食べてみると何かが違う。ああでもない、こうでもないと、試行錯誤は十数回も続き、道のりは果てしなく長いように思われた。「日本人に合ったピッツァを作りたい」という情熱がなければ、続かなかったかもしれない。

 

国産の小麦粉で発酵させた生地。まだまだ課題は残るというが、評価は高い。

 

そんな中、この小麦粉はひとつの幸運に恵まれる。農林水産省がてがける『外食産業等と連携した農産物の需要拡大対策事業』の支援を受けることができたのだ、そのおかげもあってなんとか完成までこぎつけることができたという。

 

しかし岩澤さんの野望は小麦粉の完成では終わらなかった。最終目標は、本場イタリアの世界基準である『ピッツァナポレターナSTG』で認められること。

 

『ピッツァナポレターナSTG』は、ナポリピッツァの伝統を守るために設けられた、食材、薪窯、技法などの規定である。2010年にはEUのSTG(伝統的特産品呼称)の認定も受けている。小麦に関しては産地の限定はないが、規格値は細かく定義されているという。

 

小麦粉完成後「これなら!」と自信をもってイタリアへ送り出すと、見事に基準をクリアし、今年2018年に『ピッツァナポレターナSTG』を名乗ることを認められた。

 

つぼみ菜と蛤のスパゲッティ 1,600円
パスタはまた別の国産小麦粉で作られたオリジナル乾麺を使う。
モチっとした弾力が特徴的だ。

 

「この小麦粉は油分が多いので少し黄色みがかっています。イタリアではそこが少し懸念されたようですが、品質の良さを理解してもらえました。実はイタリアの歴史ある料理学校で、ブラインドでの食べ比べも行いましたが、その結果もとても評判がよかったんです」

 

こうしてピッツァ専用の国産小麦粉は2018年5月に発売が決定。国産小麦粉ピッツァへの第一歩を踏み出したのだ。

 

日本のピッツァ文化が

世界へと羽ばたく

 

「甘みがあって香りがよく、歯切れがいい。たくさん食べられるのも魅力です」

 

小麦粉の特徴を岩澤さんに聞くとそう語る。

ピッツァだけでなく、フィリッポでは国産、それもできるだけ地元練馬や武蔵野の食材を使っている。

 

野菜はもちろん、埼玉で作る最高の国産生ハム、北海道のモッツァレラチーズ、近くの東京ワイナリーでスタッフが仕込みを手伝ったワインまで。パスタはオリジナルの乾麺で、国産小麦を数種類ブレンドしたもの。地元の製粉会社と共同で開発したという。

 

地元の生産者を支えること、良質な地元の食材を食べてもらって住民の意識に訴えること。イタリア発祥のスローフードを、料理を通じで石神井公園から発信するフィリッポ。

 

その次の取り組みは、国産のピッツァ用小麦粉と日本のピッツァを世界へ出すこと。年々大きく育っているその野望が食の世界を一歩ずつ変えていくのかもしれない。

 

埼玉県に工房を持つセラーノ社の生ハム。添加物を一切使用しない製法は本場にもなかなかない。

 

東京ワイナリーで仕込みを手伝うこともあり、数は少ないがそのワインも飲める。またいちごの生酵素をつかった苺ソーダもおすすめ。

 

 

 

PIZZERIA GTALIA DA FIlLIPPO

ピッツェリア ジターリア ダ フィリッポ

 

住所:東京都練馬区石神井町2-13-5 グリーンハイム1F

電話:03-5923-9783

営業時間:12:00~15:00(LO14:30) 17:30~23:00(LO22:00)

定休日:木曜(が祝日の場合水曜)、不定休あり

 

※掲載価格は税別価格です(2018年4月現在)

 

  (取材&文・岡本ジュン 撮影・名取和久)

 

PROFILE  岡本ジュン

“おいしい料理とお酒には逆らわない”がモットーの食いしん坊ライター&編集者。出版社勤務を経てフリーに。「食べること」をテーマに、レストラン、レシピ、旅行などのジャンルで15年以上に渡って執筆。長年の修業(?)が役に立ち、胃袋と肝臓には自信あり。http://www.7q7.jp/