The Food Crafter

2018.12.12

江戸料理に魅せられて
芝浜の地で店をオープン

江戸時代、芝浦には浜があり、漁港があり、江戸の食文化を支えていた。中でも有名なのが、芝浦で大量に水揚げされることから名が付いたという芝えび。そんな芝海老と江戸料理をこよなく愛する料理人、海原大さんにお話を聞いた。

 

京都の日本料理とは異なる

キリリとした江戸料理に出会う店

 

『太華』の店主・海原大さんが作る料理はとても印象的だ。華美ではなく、どちらかといえばその真逆で、削ぎ落としたような潔さの中に凛とした気配が漂う。静かに深々と音もなく降る雪のように、食べ進むごとにじんわり旨味が舌に沁みてくる。

 

太華では、料理は芝海老と鱚を主役として組み立てられている。その理由はいたって明快で、海原さん江戸料理を代表する食材だと考えているからだ。

 

「江戸時代に芝の海で獲れたものを使って料理を作りたいと思っています。芝えびや鱚など芝浦の海からはいいものが揚がったそうですよ」

 

芝公園駅にある小さな店。厨房では坦々と海原さんが料理を作る。

 

 

江戸料理という言葉から想像するものは人によってまちまちかもしれない。文献や史実を軸に諸説があり、数百年続く料理屋、研究家がそれぞれの江戸料理に取り組んでいる。あるいは古い職人の仕事の中に、その片鱗を垣間見ることもあるという。海原さんが作る料理は、そうした先人たちに教えを請い、文献を読み込んで自分なりに解釈した江戸料理だ。

 

「江戸料理は“粋な味”といわれますが、

出汁は昆布を使わずにかつお節だけです。

味付けは醤油と塩、甘みは酒で整えています。

煮物のキリッとした味は、

酒の加減で生まれると考えているからです」

 

江戸料理の特徴を聞くと海原さんはこう教えてくれた。どうやら、昆布からふんわりじんわりした旨みを引き出す京都の料理とは一線を画しているらしい。

 

芝えびや鱚だけでなく、様々な魚を使い、干していることも多いとか。

 

「江戸時代には“芝もの”という言葉があったのですよ。

この芝浦は遠浅の海で、そこで揚がる芝海老、鱚などの魚介を

まとめてそう呼んでいたそうです」

 

柴ものを専門に扱う雑魚場(ざこば)と呼ばれる魚市場もあったそう。控えめにとつとつと、でもしっかりと着地点を踏まえて話す海原さんは、料理人としてスタートを切った後に、江戸料理へと導かれるようにたどりついたという。

 

まったく違う世界から日本料理へ

どうせやるなら一番厳しい道を選ぶ

 

 

海原さんは美術系の学校を出て、料理とは無関係な職業に就職。その後、しばらくしてから転職活動の合間にアルバイトとしてイタリア料理店で働くことに。そこで料理の面白さに目覚め、料理人になろうと180度の方向転換を図ることになる。しかも、どうせやるなら一番厳しいと言われる日本料理へ進もうと決心した。

 

数軒の和食店を経て、葉山にある江戸中期創業の日本料理店『日影茶屋』へ入った。そこでは、親方から古い日本料理の仕事を知ることができたという。その間に、いいと思う店を食べあるく日々も続けていた。その中で、自分がこれと思う味に出会うことができたそう。そのひとつが江戸料理の研究でも知られる福田浩さんの『なべや』(閉店)だ。

 

芝えびと鱚の芝煮 1000円
かつおの効いた出汁はピンと張ったようなシャープな味わい。三つ葉は贅沢に茎だけを使っている。

 

 

「料理の味から盛り付けまで、『なべや』の福田さんにはとても影響を受けました。著書も何度も読んで勉強して。だから、その福田さんが店にいらしてくださったときはうれしかったですね」

 

江戸料理をうりにしていることを聞きつけて、江戸料理本の編集者が店に来てくれたことがきっかけとなり、江戸料理本の著者や福田さんとの縁がつながったという。

 

もうひとつの感銘を受けた味は、新橋のとある懐石料理店。芝海老のしんじょうを食べて衝撃を受けたという。それが今の看板料理である「芝えび しんじょう汁」へと結びついていった。

 

太華の海老しんじょうはひたすらにふわふわで、澄み渡るような芝えびの味覚とそぎ落とした出汁の味わいにハッとするような美しさがある。さらに、この日の「芝えび しんじょう汁」は、芝えびの味わいがいつにもまして濃厚だった。

 

芝えび しんじょう汁 700円
すった芝えびだけをまとめたしんじょうは噛むそばからほろりほろりとほどける柔らかさ。

 

 

 

「芝海老は晩秋から冬が1番美味しい時期なんですよ。ちょうど海に新海苔が生える頃なので、芝海老も海苔を食べていて、それが透けて見えてしまうので見栄えは良くない。でも味は絶品です」

 

今日の芝海老は佐賀県で獲れたものだそう。もう一つ出してくれた料理は、澄み切った出汁の中にさっと焼いた鱚、芝えび、三つ葉が入ったお椀料理「芝えびと鱚の芝煮」。

 

現在では、水揚げが激減しているという芝えびは、豊洲市場から刺身にできるほど鮮度のいいものを仕入れている。海原さんは毎日市場に通い、芝海老の仲卸と相談しながら仕入れをするという。

 

「最近はいい鱚にも出会ったんですよ」とうれしそうに話す海原さん。

 

鮮度のいい鱚が手に入るようになったことで、その鱚を生かした新しい料理にも取り組んでいるという。

 

佐賀で揚がった芝えび。体躯が黒っぽいのは海苔を食べているからだ。

 

 

江戸料理に携わる多くの先陣に見守られて、海原さんは江戸料理へ一歩一歩んでいる。その料理だけを見ると割烹料理店のようだが、実は食堂がやりたかったと言う

 

「食堂というか、間口の広い居酒屋ですね。

小さな店なので小回りもききます。

そんなところを上手く使ってもらえたらうれしいと思っています」

 

料理とお酒をざっかっけなく楽しむ。太華の雰囲気はそこも江戸っ子の粋に通じているのかもしれない。

 

 

 

食事 太華

しょくじ たいか

 

住所:東京都港区芝2-9-13 1F

電話:03-3453-6888

営業時間:18:00~24:00(最終入店22:00)

定休日:土曜

予算:おまかせコース5400円~ほか単品あり

 

 

※掲載価格は税別価格です(2018年12月現在)