The Food Crafter

2018.10.15

カクテルとジェラートが
新しいバーの扉を開く

今や世界中で新しい試みを持つ個性的なバーが増えている。クラフトカクテルと言われるオリジナルカクテルを中心に、飲み物はよりナチュラルな素材、味わいに、空間はより居心地よく、フレンドリーに。そんな進化しつつあるバーの中でも、カクテルとジェラートという組み合わせで話題を呼ぶ新店をご紹介。

 

 

カクテルとジェラートが一緒に楽しめる

ちょっと風変わりなバー

 

 

ガラス張りで日差しが差し込む明るい『ティグラート』は、バーでありながら、カフェであり、ジェラテリアでもある。ちょっと他にはない、このコンセプトがとても面白い。

 

店を訪れた秋晴れの日は、ジェラートを目当てにやってくるお客さんで賑わっていた。テーブルでは子供たちとお母さんが楽しそうに会話している。カウンターではシェイカーを振る本格的なカクテルが味わえるし、ランチタイムには外のテラスが人気だ。

 

この店の顔である高宮裕輔さんは生粋のバーテンダー。高校生の頃に見た、トム・クルーズ主演の映画「カクテル」に憧れてこの職業を選んだという。

 

「映画を見て、これはカッコいいなあと。

で、バーテンダーになりたいと思ったんです。

といっても当時はバーテンダーという職業が

よくは分かっていなかったんですけどね」(笑)

 

 

バーカウンターの奥にあるのはジェラートのブース。テーブル席やテラスもあり。昼間から夜まで営業する。

 

 

高宮さんは18歳になるのを待って、さっそくバーで働き始める。場所は西麻布。そこで3年ほど修行を積んで念願のオーセンティックなバーへと移った。しばらくして、その店のオーナーから店を譲りたいと言われると、大胆にもそれを受ける決心する。その時、なんと23歳。

 

若くしていきなり店主になった高宮さんは、経営者としての難しさを思い知ることになった。残念なことに店は1年余りで閉店を余儀なくされたという。

 

そこから、しばらくバーテンダーという仕事を離れた高宮さんだったが、「やっぱり自分にはバーテンダーしかない」という気持ちが徐々に復活して、今度は地元石神井公園に新たな自分の店 『Bar au comptoir』を作ったのだった。

 

どこかのバーで再出発するのではなく、あえてまた自分の店を開く。それはバーテンダーとして生きていくことへの決意表明のようなものだったのかもしれない。

 

 

繊細なオリジナルカクテルを得意とするバーテンダーの高宮さん。

 

 

『Bar au comptoir』は美味しいカクテルを出す店として評判を得て、9年間続くことになる。

 

そして、9年目に天気は突然訪れた。古い知り合いからバーを任せたいと言う話が舞い込んだのだ。

しかも、ジェラテリアを一緒にできないかという、なかなかに意外性のある提案もついていた。そこから、世界でもまれなカクテルとジェラートの店『ティグラート』が2018年四谷にオープンすることになるのだ。

 

「ジェラートとカクテルは似ていると思うんです。

甘味や酸味のバランスが大切なんですよ」

 

バーテンダーとして仕事の幅を広げたいという思いはずっとあったという高宮さん。以前から、食品の加工やプロモーションを手掛けていたこともあり、さらに新しい一歩を踏み出す時もためらいはなかった。

 

 

ジェラートは、レシピはもちろんのこと、作るところまですべて高宮さんが行っている。

 

 

サプライズなクラフトカクテルで

世界にも通用するバーを目指す

 

 

高宮さんがつくるジェラートはとても洗練されている。甘さは控えめで滑らか。フレッシュフルーツや極上のカカオなど、吟味を重ねて素材で味のバランスを整えたレシピは、まるでカクテルのようだ。

 

同じように、高宮さんのカクテルの魅力は、素材の持ち味を生かすところにある。そのためには使う食材をとことん知り尽くす努力はおしまない。生産者に会いに行くのはもはやライフワークとなっているという。

 

 

Enishi(エニシ) 1400円
昨年のコンペティションで、日本代表決勝戦で作ったという「Enishi」はシグネチャーカクテルに。

 

 

多くのカクテルコンペティションに出場経験を持つ高宮さんは、世界的な大会と言われる2つの大会で、昨年は日本代表の決勝に残った。今や注目のバーテンダーでもあるのだ。

 

この日、カクテルのスペシャリテをお願いすると、登場したのはかつお節を使ったカクテル「Enishi(意味は縁)」。カクテルにかつお節? と驚かされるが、けっして奇抜さを狙っているわけではない。とても落ち着いた味わいを持ったカクテルだ。

 

 

「すぐには想像がつかないような組み合わせをいつも探しています。

そこがカクテルの面白さだと思うので」

 

グラスに顔を近づけると、まずは出汁の食欲をそそるような柔らかな香りが迎えてくれる。かつお節は温度変化によって旨みが抽出されるそうだが、前もって出汁をとると香りが飛んでしまうため、オーダーが入ってから加熱して旨味を取り出す方式をとっている。

 

 

バックバーにはいろんなお酒が並ぶ。ジェラートと一緒にお酒を楽しむ人もいる。

 

 

こんな飛び道具のようなカクテルのアイデアはどこから生まれてくるのだろう?

 

かつお節を使ったカクテルを作る際には、老舗のかつお節問屋に話を聞きに行ったという。専門家に直接会うことで、何種類もある中から、求めている味が出るかつお節を探し出し、さらに、旨みの出し方やその理論などをしっかりと教えてもらった。感性だけに頼らず、理論的にカクテルを組み立てているのだ。

 

「今年は日本酒の酒蔵に行ってきたんですよ。

お話させていただいた酒蔵の杜氏さんの考え方と、

僕のカクテルの考え方が同じだったので、すごく話が盛り上がりました。

 

僕は、最初に飲んだときのインパクトではなく、

美味しいなと思って飲んでいくうちに、

じわじわと複雑さや、奥に隠された味わいが現れてくる

余韻の長いカクテルを作りたいんです」

 

 

日本酒とスペシャリティコーヒー 1400円
山形・清泉川のにごり酒を使用した日本酒カクテル。今年デビューしたてのほやほやだ。

 

 

そうして生まれたのは、濁り酒とエスプレッソを使ったちょっとユニークなカクテルだ。

 

「カクテルは酸味や甘みを足すことで美味しくなります。

とくに酸味が大切なのですが、

日本酒が持っている乳酸菌の味わいはカクテルにぴったりなんですよ」

 

にごり酒の米の甘みやヨーグルトのようなまろやかな酸味、浅煎りのコーヒー豆を使ったエスプレッソの香りとほろ苦みがバランスよく融合して、今までにないカクテルの味わいを描いている。

 

 

日本のバーでは、よく「おまかせでお願いします」ということがあるが、英語圏ではこれを「サプライズ・ミー」というのだとか。高宮さんには、まさに「サプライズ・ミー」なカクテルをお願いしたい。

 

 

 

TIGRATO(ティグラート)

 

住所:東京都千代田区六番町13-6 ASビル1F

電話:03-5214-1122

営業時間:11:00~23:00、土日祝12:00~22:00

定休日:無休

※掲載価格は税込み価格です(2018年10月現在)

 

(取材&文・岡本ジュン 撮影・名取和久)

 
 
PROFILE  岡本ジュン

“おいしい料理とお酒には逆らわない”がモットーの食いしん坊ライター&編集者。出版社勤務を経てフリーに。「食べること」をテーマに、レストラン、レシピ、旅行などのジャンルで15年以上に渡って執筆。長年の修業(?)が役に立ち、胃袋と肝臓には自信あり。http://www.7q7.jp/