フランスの美しい村

2018.11.05

フランスで最も美しい村のひとつ、
ロシュフォール=アン=テールを訪ねて。

フランスといえば、パリやマルセイユ、ストラスブールなどの大都市を思い浮かべる人が多いだろう。しかしそんな都市を一歩外へ出て、車で地方を走っていると、広大な畑や丘陵の中に時おり小さくかわいらしい町や集落を見つけることがあって心をなごませてくれる。石や木で造られた歴史を感じる建物、シンボルとなる教会、道筋を彩る綺麗な花々・・・。それぞれに独特な風土と歴史の中で育まれた景色と文化、そして人の営み。フランスが誇るもうひとつの美しさがそこにある。

 

 

 

 

フランスには日本の市町村そして集落にあたる「コミューン」が、およそ35000もある。その中で、時を重ねながらも自然と調和した景観が保たれ、住人たちによって大切に守られている田舎の村が「フランスで最も美しい村」として認定されている。1982年に始まったこの認定制度は“人口が2000人を超えない” “歴史、自然など遺産・遺跡が2つ以上あること”などの条件をクリアし、さらにその中でも質の良い村が選ばれてきた。「最も美しい」というだけあってその数はわずか158。認定後も毎年審査があって、維持するのはさらに難しい。

 

 

そのなかのRochefort-en-terre ロシュフォール=アン=テールを訪れた。イギリスに近いフランスの北西部。関東1都6県全体とほぼ同じ広さを持つブルターニュ地方にたった4つしかない「フランスで最も美しい村」の一つだ。人口はわずかに600人ほどで、1789年のフランス革命後に統計がはじまって以来、約200年以上ほとんど変わらない。

 

 

村の中心にあるピュイ(井戸)広場。建物や花壇の花々が人々を迎える。

 

 

緑が折り重なるような丘陵地帯にある小さな村。ここには古代ローマが今のフランス付近を支配していたガロ=ローマ時代の城塞があったが、12世紀頃ロシュフォール一族によって小高い丘に突きだした岩の上に城が構築され、そこから村が広がったという。

 

 

 

 

今でこそブルターニュはフランス共和国の一部だが、古くはブルトン人というケルト系民族が暮らしていて、独特の文化や言葉を受け継いできた。中世から近世にかけては、ブルターニュ公国という独立した国があり、フランスとイギリスのはざまで興亡を繰りかえすのだが、そのブルターニュ公に仕えたのがこの周辺をおさめていたロシュフォール。領主ジャン4世の治世に村は繁栄を迎えた。

 

 

フランス語とブルトン語が併記されたブルターニュ地方の交通標識

 

 

12世紀から16世紀にかけて築かれてきたというトロンシャイ教会は、この村の美しいシンボルだ。とんがった屋根を持つロマネスク様式の鐘楼が造られたあとに、手前のゴシック様式のファサードが造られるなど、時代による建築様式の違いが、教会が積み重ねてきた時の長さを物語っている。

 

 

ロマネスク様式のとんがり屋根とステンドグラスのついたファサードをもったトロンシャイ教会

 

 

トロンシャイ教会内部

 

 

丘の上にはかつての城趾があり、気持ちいい空が広がり、村が一望できる。南仏のレ・ボー=ド=プロヴァンスやゴルドなど「最も美しい村」の多くが、こうした古い城塞都市に由来するのは、昔の領主たちが高台から民を治め、自らや村を敵から守ろうとしたからにほかならない。

 

 

城塞都市の面影を残す城趾広場

 

 

 

 

春から秋にかけては、多くの家や街角があふれんばかりの花が人々を迎えるロシュフォール=アン=テール。村は「フランスで最も美しい村」の認定のほか、「フランス人のお気に入りの村」という賞で2016年のブルターニュ代表、そして国内グランプリも獲得した。村の中心にはホテル、レストラン、数々のショップが立ち並ぶほか、この美しい村の暮らしに憧れて拠点を求めるアーティストや工芸家たちもいる。

 

 

 

 

ブルターニュの名物菓子クイニーアマンとファーブルトンがならぶパティスリー

 

 

そのうちの一人が、2013年にパリからこの村に移ってきた刺繍作家のセリーヌ・ルコックさんだ。彼女はパリの刺繍工房で、オートクチュールを手がけるトップブランドに刺繍デザインを提案する仕事をしていたが、環境の良さと、より自分のクリエイションに専念したいという思いからこの地にやってきた。今も同じ仕事を続けながら、その繊細なスタイルを自らの作品に活かしている。

 

 

刺繍デザイナーのセリーヌ・ルコックさん

 

 

彼女がデザインし刺繍した作品はまさにオートクチュールのスタイルそのもの

 

 

 

 

籠編みと、その技術を使ったランプや家具などを手がけるヴァレリー・ロビションさんはもともとこの地方で活動する職人だが、2017年に9人の他のアーティストとともにここロシュフォール=アン=テールにコレクティブショップを構え、観光客を迎える。

 

 

籠編みの職人ヴァレリー・ロビションさん

 

 

10人のアーティストによるコレクティブショップ

 

 

 

 

セリーヌとヴァレリー、2人が共通してこの村に求めたのは、自然に囲まれたこの村が与えてくれるインスピレーションだという。時を積み重ね、大切に愛されてきた街でなければ生まれ得ない、都市とは違った意味でのエスプリのようなもの。きっと「フランスの最も美しい村」の基準には、アーティストたちを刺激し、心を豊かにしてくれるような目に見えない「美」もふくまれているのだろう。

 

10月の終わりに冬時間に変わって日没が早くなり夜が長くなると、フランス中に知られたクリスマスイルミネーションが点灯するロシュフォール=アン=テール。街角の花は光に変わり、村が一年でいちばん輝く季節が始まる。

 

 

クリスマスシーズンのロシュフォール=アン=テール(写真 Céline Lecoq /2016)

 

 

Rochefort-en-terre ロシュフォール=アン=テール

観光案内所ウェブサイト(仏語・英語) www.rochefortenterre-tourisme.bzh

 

L’Atelier sensible

Cécile Lecoqさんの刺繍アートのショップ

12 rue Porte Cadre, 56220 Rocherfort-en-Terre, FRANCE

 

Maison des artisans Rochefort en Terre

Valérie Robichonさん他9人の工芸アーティストによるコレクティブショップ

14 Rue Notre Dame de la Tronchaye, 56220 Rochefort-en-Terre

 

 

(文・写真 杉浦岳史)