パリとアート

2018.08.24

夏の南仏、古代ローマの面影を残す街、
アルルの国際写真フェスティバル。

アルル中心部に残る円形闘技場

今回のパリとアートは、真夏のバカンスシーズンに合わせた<番外編>として、南仏で開催されるアートイベントをご紹介したい。

 

夏の楽しみ方が多様化した今でも、フランス人あるいは欧米人にとって憧れのバカンスといえば、筆頭に挙げられるのはやはり南フランス。ニースやサントロペなど海岸沿いの保養地に滞在しながら、地中海沿岸のコート・ダジュール、南仏地方に広がる豊かな自然の風景と歴史や芸術・文化にふれる。そんな素敵な夏を過ごすために、この地方にセカンドハウスを持つパリジャンも少なくない。

 

このあたりはイタリアに近いこともあって、有名なポン・デュ・ガール(古代の水道橋)をはじめ古代ローマ帝国時代の遺跡を数多く見ることができる。「アルル」もそんな街のひとつ。いまも闘牛が行われる円形闘技場や古代劇場、公衆浴場そして街を包む城壁など当時の遺構が残され「アルルのローマ遺跡とロマネスク様式建造物群」としてユネスコ世界遺産にも登録されている。なにより驚かされるのは、こうした遺跡と街の人々の暮らしが、今もなお寄り添っているところかもしれない。

 

円形闘技場から望むアルル市街地

 

古代劇場

 

ここアルルは、毎年夏になると世界中の写真家やファンから熱い視線を浴びる。

 

理由は、1970年に始まり今年49回目を数える国際写真フェスティバル「Les Rencontres de la Photographie d’Arles」直訳すれば「アルル、写真の出会い」。世界遺産のひとつである「サン=トロフィーム教会」をはじめ、街に点在する教会や礼拝堂、フランス国鉄工場跡地、そしてスーパーマーケットの倉庫まで、街のいたるところ30ヶ所近くの会場で世界中から集まった作品が展示され、それを見て回りながら、アルルの街にふれることができる。

 

7月、フェスティバルのオープニングウィークには、第一線の写真家やキュレーターなどに世界から集まる写真家たちが作品を見せ、批評してもらうことができるポートフォリオレビュー、ワークショップ、ディスカッションなど、さまざまなイベントも開催された。

 

 

写真との出会いはもちろん、街との出会い、歴史との出会い、人との出会いなど、さまざまな「出会い」が積み重なり、小さな街全体をゆるやかな一体感で包み込む。かつて城壁で囲まれていたアルルの中心、つまり旧市街エリアでは、日中はどこを歩いていてもフェスティバルを巡る観光客がいて、張りめぐらされた細い路地で安心して迷えるのもトラベラーにはうれしい。

 

アルル市内 フェスティバル総合案内前

 

今年、フェスティバルのディレクター、サム・ストゥルゼが掲げたテーマは「Retour vers le Futur 未来への帰還」。写真を通じた「時空を越える旅」を提案する。なぜなら、写真はさまざまな形で世界の出来事を映し出し、現実とその変化を伝えるのにいちばん適したメディアだから、だという。もちろん今では合成、加工などの技術はある。しかし写真といえばフランスのニセフォール・ニエプスによって19世紀前半にこの世に生まれてから今まで、現実をどう映し、切り取るのか、という写真家の「視点」が問われてきた。思いも寄らなかったアングル、行ったことのない、あるいは辿りつけない場所、知らなかった過去・・・数限りない視点が、私たちにこの世界のあり方を教えてくれる。

 

サン=トロフィーム教会回廊

 

サン=トロフィーム教会内部の展示

 

Eglise Saint-Anne サン=タンヌ教会

 

アルル市役所の目の前、サン=タンヌ教会内部で行われている「LE DERNIER TESTAMENT 最新約聖書」は、この思いも寄らない視点を象徴する展覧会のひとつかもしれない。シベリア、南アフリカ、ロシア、日本など、世界でメシア(救世主)の生まれ変わりを自称する7人の男を追ったジョナス・ベンディクセンの作品。宗教的な結びつきによる特別な関係や世界観に興味をもっていた作家は、単なる宗教家ではなく「救世主イエスの再来」を語る7人を選び、その人と信者の日常に入り込む。一見コミカルにも見えるが、実は誇張も批判的な視点もないそのままを写し取ったという作品群は、この地球上にある我々が知らない現実の一端を見せる。

 

Jonas Bendiksen, INRI Cristo is wheeled around their compound on a rolling pedestal. INRI are the initials that Pontius Pilate had written on top of Jesus’ cross, meaning Jesus Christ, King of the Jews. Brazil, 2014. Courtesy of Jonas Bendiksen/Magnum Photos.

 

また「時空を越える旅」は、私たちを「1968年」という時へと誘う。

 

フランスでは今年、TVなどさまざまなメディアでこの年が取り上げられている。ちょうど50年前、世界に激震が走った年。黒人活動家のマーティン・ルーサー・キング牧師や、ジョン・F・ケネディの弟、ロバート・ケネディが暗殺され、全米で人種暴動が勃発。フランス、日本をはじめ世界各地で反体制デモの嵐が吹き荒れ、特にパリでは学生が警官隊と衝突。市民生活がそれまで経験したことのない麻痺的な状況におちいり、そののちの政治や文化に大きな影響を与えた。

 

Croisière クロワジエール

 

アルルの旧城壁のとなり、ガレージだった場所を使ったフェスティバルの拠点スペース「Croisière クロワジエール」では、10の展示が企画され、そのうちの一つ「1968, Quelle histoire ! 1968年、なんたる歴史!」でこの年をフィーチャーした展覧会が行われている。パリ警察のアーカイブによる写真と資料の数々が並べられた展示は、よくメディアなどに出てくる反体制側からの視点ではなく、それを鎮圧する「体制側」の視点でこの革命を見つめていて興味深い。

 

May 6, 1968 demonstration. Articles on the students’ barricades (1968, What a Story! exhibition). Memory and Cultural Affairs Department. Courtesy of the Paris Prefecture of Police.

 

展示は、こうしたフランスの動きに影響を受けた日本の安保闘争など各国のデモのアーカイブ写真を使ったマルセロ・ブロドスキーの作品へと引き継がれ、さらに別の会場で開催されるロバート・ケネディ暗殺にまつわる展示にもつながっていく。

 

 

ロバート・ケネディ暗殺の3日後1968年6月8日。その棺はアーリントン墓地での埋葬に向けて、ニューヨークからワシントンへと鉄道で移送された。葬列とそれに参列する家族を撮るため列車に乗り込んだ写真家ポール・フスコが、死を悼む沿線の国民の様子を写したのが、シリーズ「RFK」。列車から外を見つめた写真家が思わずシャッターを切った光景は、人種も階層もさまざまな「アメリカ」という国を映したものになった。展覧会「The Train」は、この有名なシリーズ作品に呼応して、逆に列車を見つめる側の資料を集めたオランダ人のレイン・イェーレ・テルプストラ、そして死者の視点を意識したというフランス人作家フィリップ・パレノの映像が重ねられる。

 

Paul Fusco/Magnum Photos, Untitled, from the series RFK Funeral Train, 1968. Courtesy of the Danziger Gallery.

 

ところでアルルといえば、ファン・ゴッホが「日本のように美しい」と評して一時期を過ごした場所としても知られる。下の写真は、あの有名な左耳を切り落とす事件を起こしたあとに彼が収容された旧アルル市立病院。彼も描いた回廊の美しい建物が、今は「Espace Van Gogh エスパス・ファン・ゴッホ」と名を変え、写真フェスティバルの会場としても使われる。

 

Espace Van Gogh エスパス・ファン・ゴッホ

 

ここで開催されているのは、現代写真を代表する米国のロバート・フランク、そしてフランスのレイモン・ドパルドンという二人の巨匠が、異なる時代のアメリカと人々の姿を写した2つの展覧会。このようにフェスティバルのプログラムは、複数の会場、展覧会が細やかなネットワークのようにどこかで関係性と連続性を持ちながら展開される。

 

またアルルを流れるローヌ川のほとり、「CONTEMPLATION 瞑想」と名づけられた展覧会は、チベット仏教僧で写真家でもあるマチウ・リカールとコロンビア人建築家のシモン・ヴェレスとのコラボレーションだ。今回のフェスティバルのために竹で造られた約1,000㎡のパビリオン内部では、マチウ・リカールによるモノクロの写真が和紙にプリントされ、まるでその作品の一つ一つが瞑想世界への窓のように展示されている。

 

 

 

さてこれまで紹介してきたのは、フェスティバルで開催されている展覧会のほんの一部。小さな街だけれど、一日ですべての展示を見ることは難しい。テーマやコンセプトを読み解き、じっくりと見ていくなら3日は欲しいところ。もちろん、好きな写真展だけを見て、あとはゆっくりと街を観光したいといった楽しみ方にも、アルルは十分に応えてくれる。

 

日本でも、写真の分野では今や世界的に知られる「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭」が開催され、そのほか街や地方単位の芸術祭が世界で多く企画される現代。アルル国際写真フェスティバルはその先駆けともいえる存在だ。これまでの49年間にさまざまな紆余曲折があったようだが、今回を見る限り、写真界の多様性と今、そこにアルルという歴史ある街を重ね合わせていくという試みは成功しているように見える。50周年という節目を迎える2019年、どういった新しいビジョンが見えてくるのか。すでに世界はそこに注目しはじめている。

 

 

Les Rencontres de la photographie d’Arles アルル国際写真フェスティバル

2018年9月23日まで

フランス・アルル市内各所で開催

入場料:フェスティバル全期間パス(全会場・全期間観覧可能)

オンライン販売35€(9月のみは29€)/現地販売 42€(同 36€)

その他、展覧会ごとのチケットも販売。

ウェブサイト https://www.rencontres-arles.com/en(英語版)

 

 

杉浦岳史/ライター、アートオーガナイザー

コピーライターとして広告業界に携わりながら新境地を求めて渡仏。パリでアートマネジメント、美術史を学ぶ高等専門学校IESA現代アート部門を修了。ギャラリーでの勤務経験を経て、2013年より Art Bridge Paris – Tokyo を主宰。現在は広告、アートの分野におけるライター、キュレーター、コーディネーター、日仏通訳として幅広く活動。