The Food Crafter

2017.07.26

その土地で食べ、体で感じた
リアルな料理を表現する中華のシェフ

「食」の世界は今、自分のテーマを突き詰めて、思いきり振りきっている人々が多く誕生している。料理人に限らず、食材やお酒の生産者、食のムーブメントを手がける人など、幅広いジャンルに広がる個性あふれる人物を紹介する。

 

誰も食べたことがない、中国の郷土の味を東京で

 

この日は取材とあって、夏の光がまぶしい時間に店を訪ねた。蓮香は夜だけの営業で、暗くなってから足を運ぶことが多いので、いつもと少しだけ雰囲気が違って見えた。すぐに2階から店舗へ降りてきたオーナーシェフの小山内耕也さんは、いつもとかわらない笑顔で迎えてくれた。

蓮香は中国の郷村菜(きょうそんさい・田舎料理)と蔬菜(そさい・野菜)をテーマした中国料理のレストランだ。メニューはおまかせコースのみ。黒板に書かれたその日のメニューは、「ミントと太もやしの西双版納(しいさんぱんな)サラダ」、「鰻の串揚げ防城港市(ぼうじょうこうし)スタイル」など、一見して中華とは思えない名前が並ぶ。プロの中華の料理人であっても、たぶん見ただけではどんな料理か想像するのは難しいだろう。

「僕は田舎者だから田舎料理が好きなんですよ」と小山内さんは茶化す。そう、この店で出すのは中国のごく田舎で食べられている料理ばかりだ。だからこそ素朴な中にも土地の文化を背負った奥深さがあり、長年食べ継がれてきた食べ飽きない魅力が潜んでいる。小山内さんはそんな料理を知るために、現地に足を運び、実際に味わい、ときには厨房を覗き、食堂のおばちゃんに質問を繰り返して、その中からエッセンスを抜き取る。そのセンスたるや抜群だ。

 

 

海鰻の乾物やレモンの塩漬けなど、料理に欠かせない発酵調味料や食材も独特。

 

 

転機はある中華料理店で働いていた時に来た。日本人の料理人が中国本土で修業することが稀だった時代に、その店の料理長は珍しく上海で修業した料理人だったという。

「料理長がまかないで作る中国の家庭料理がもう本当に美味しくて。見たことのない料理ばかりで。あの料理を食べていなかったら、僕は中華料理をやめていたかもしれません」。

店名の「蓮香」は実はその料理長が後に出した店の名前だ。リスペクトを込めてもらい受けることにしたという。

 

名前も知らない町のレストランの厨房へ飛び込む情熱の持ち主

 

現地の厨房ではいったいどうやってこの料理を作っているのだろう。その思いでいてもたってもいられなくなった小山内さんは、つてを頼って中国のレストランへ行くことになる。

「当時は、働きたいと思っても中国のレストランで日本人を雇ってくれるということはほとんどなかったんです。お金を払って研修という話はあったのですが、僕はそうじゃないところへ行きたかった。そんな時に運よく、知り合いの中国出身の料理人が紹介してくれたんです」。

 

ところがその場所がすごかった。香港や上海といったメジャー都市ではなく、広東省の北側に位置する江西省(こうせいしょう)の田舎町だ。

「江西省って知らないですよね。僕自身もそれどこにあるの? っていうぐらいでしたから(笑)。働いた店は首都の南昌から車でさらに2時間ぐらい行ったフウジョウという町で、外国人なんて誰も見たことがないから、『あの店に日本人がいるらしいよ、見に行こうぜ』みたいな感じで、住民がゾロゾロ見に来るんですよ。それぐらいの田舎でした」(笑)。

 

 

広西チワン族自治区の料理「インゲンとオリーブ、お化け唐辛子炒め」(おまかせコースより)。歯ごたえのいいインゲンに香ばしい唐辛子が香りを添える。塩気の濃いオリーブ漬けがアクセントに。

 

 

ある程度は言葉ができたんですよね? と尋ねると小山内さんは苦笑する。

「行く前は何とかなると思っていたんですけど、今考えると怖いくらいに通じなかった(笑)。だからほとんど筆談。1カ月で筆談ノートが3冊くらいできました」。

その厨房では見るものすべてが新鮮。これは何だろう、どうなっているのだろう。そんな疑問を常に筆談で料理人たちに聞いて回った。彼らも最初は面倒くさそうに相手をしていたが、仲良くなるにつれて親切に教えてくれるようになった。小山内さんはここを皮切りに、田舎の料理、いわば郷土の味である“郷村菜”にのめりこんでいくのだ。

「まかない料理を写真に撮っていたら、料理長に恥ずかしいからまかない料理なんか写真に撮るなって笑われましたよ」。

 

 

人気店なので予約が必須。お酒はワインや紹興酒が揃う。

 

 

本場の厨房で小山内さんが得たのは、日本人が知らない郷土料理ばかりではなかった。一番の収穫は、油の使い方だったという。調理師学校を出て有名店で修業をした小山内さんは、その当時からすでに確かな調理のテクニックを持っていた。それでも自身の料理感がひっくり返るほどのショックを受けたという。

 

「使う油の量が今までの概念とは全く違いました。ここまでやっていいのかと驚くほどたくさんの油を使うんです。だから調味料の使い方も変わってくる。油が多いから味を強くしても平気なんですね。今までそこまで攻めていなかったのですが、油の使い方が分かってからは、ぎりぎりまで攻められるようになった。今のような料理ができるようになったんです」。

 

やがて、渋谷にある「月世界」で調理長を任されると、やりたかった料理を出す機会が巡ってきた。しかし、お客さんには見慣れぬ中華料理がなかなか理解されない、響かないという日々が続いた。そんな中で恵まれていたのは、経営する会社側が全面的にバックアップしてくれたことだ。

 

渋谷でダメなら場所を変えてやろうと、麻布十番に「ナポレオンフィッシュ」を開店することになる。ここでは小山内さんが取り組んでいる料理の面白さがきちんと伝わった。食通の口から口へと噂は広まり、徐々に人気が高まって、発酵食材と少数民族料理というコンセプトがブレイクしていく。その後、満を持して自身の店「蓮香」が2015年12月にオープンすることになる。

 

どんなに大変でも、中国へ渡って食べ歩くことは止めないでいたい

 

鍋を振る姿を撮影するために、この日は青菜を炒めてもらった。カンカンに熱したフライパンは油に火がつくと爆発するようにスパークして多大な熱量を発散する。これはなるべく瞬時に、唐辛子とにんにくに火を入れて香りを出すためだが、その迫力には圧倒されるばかりだ。

「中国では、『この料理は美味しそうだねえ』というときは“香(シャン)”というんです。美味しい料理には必ず香りがあるんです」。

 

小山内さんが田舎料理と呼ぶ『郷村菜』についてその魅力を聞いてみた。

「作るのが簡単で美味しいし、シンプルな料理ばかりですから、食べ飽きないんです。手がかかった料理は飽きるんですよね。今だってチャッチャと作っていますが、実はもっとチャッチャとやりたいぐらいなんですよ。でもあんまりそればかりだと、プロとしてはどうかなということになっちゃうでしょ(笑)」

小山内さんはそう謙遜するが、味を重ねていくこと、手をかけることよりも、実は料理で難しいのは引き算だ。シンプルだからこそ確かな技術力がなければごまかしがきかない。自身もそのことをよく分かっているのだ。

 

 

フロアからも爆発するような火力が垣間見える。

 

 

蓮香は開店して1年余り。現在も年に3回は中国へ行き、飽くなき食べ歩きの日々と調味料や食材などの仕入れを欠かさない。今年2017年の春には、広西チワン族自治区へと向かった。以前にも行ったことはあるが、地域によっても異なる料理は奥深く、1度ではとても掘り下げられないという。今回はベトナム国境の海沿いの港、防城港市で海産物を使った料理を見てきた。そのひとつが先ほどのメニューにあった「「鰻の串揚げ防城港市スタイル」だ。

 

「あとね、見た目はちょっとグロいんですけど『サメハダスジホシムシ』という貝があってこれが旨いんです」と現地で食べた料理の写真を次々と見せてくれる。

 

その楽しそうな顔といったらない。料理の話や食べた店の話は尽きず、会話に熱が入って止まらない。その料理への愛こそ、蓮香の料理が人をひきつけてやまない調味料なのかもしれない。

 

 

 

蓮香(レンシャン)

 

住所:東京都港区白金4-1-7

電話:03-5422-7373

営業時間:18:30~21:00(L.O)

定休日:不定休

予算:コース5,900円

(取材&文・岡本ジュン 撮影・名取和久)

 

PROFILE  岡本ジュン

“おいしい料理とお酒には逆らわない”がモットーの食いしん坊ライター&編集者。出版社勤務を経てフリーに。「食べること」をテーマに、レストラン、レシピ、旅行などのジャンルで15年以上に渡って執筆。長年の修業(?)が役に立ち、胃袋と肝臓には自信あり。http://www.7q7.jp/

 

※掲載価格は税込価格です(2017年7月現在)