The Food Crafter

2017.10.25

ヨーロッパ野菜を作ろう!
農家13代目の決心

ラディッキオ、カーボロ・ヴェルツァ、セルバチカ、フィノッキオ。日本人では栽培が難しいと言われるイタリア野菜。それをなんとか作れないだろうか、そんな料理人からのリクエストに応えようと埼玉県で奮闘する若手農業家たちがいる。

 

江戸時代から続く農家の

13代目がイタリア野菜に挑戦

 

ある日、色鮮やかで美しいイタリア野菜の写真がフェイスブックから流れてきた。それはみるからに瑞々しく健康そうで、日本の野菜にはない濃い緑色を持ったフォトジェニックな野菜たちだった。

 

この野菜を作っているのが「さいたまヨーロッパ野菜研究会」。通称、ヨロ研。埼玉県内の料理人、若手生産者、種苗会社などが協力して取り組んでいるプロジェクトだ。

 

発足したのは2013年。きっかけは、埼玉県内のイタリアンやフレンチのシェフから、イタリア野菜などの日本で手に入りにくい洋野菜を県内で作れないだろうかという要望からだった。

 

農家の創立メンバーは4人。今回はその中の一人である、池田和弘さんを訪ねた。池田さんの畑はさいたま市岩槻区ののどかな田園地帯にある。

 

左/台風で被害にあった根は土を丁寧にほぐしてケアする。
右/上の葉がよく茂るように、下にある余分な葉を間引いている。

 

江戸時代から代々続く農家の13代目だというので「すごいですね」というと、「それほどでもないです。メンバーの中には19代目という人もいるんですよ」と、ニコニコ笑っている。

 

江戸時代から続く農家と聞いて広大な畑をイメージしていたが、池田さんの畑は想像より随分とこじんまりしていた。ヨロ研の野菜を作っている畑は民家を挟んで2か所。その面積は池田家と全体の畑のおよそ

3分の1。この他に池田家が手掛ける畑が数カ所に分かれてあるという。

 

「うちの畑は決して大きくないんです。同じ畑を使って、年に何回かに分けて違う野菜を作っているんですよ」という。

 

祖父の頃はハウスで胡瓜を作っていたというが、父の代になって葉ものと呼ばれる、小松菜や山東菜に転換したという。それが現在の池田家の主要な商品だ。山東菜は国内でも他に産地がないそうでここが日本一の産地だという。

 

「代々の農家ですから、農業が身近にあるのが自然なことでしたし、経験の長い父に教わりながら様々なことを身に着けられるのは恵まれていますね」。

 

見たこともない洋野菜に

初年度は手探りでチャレンジ

 

畑の野菜を触りながら生き生きと話をする池田さんは、仕事を楽しんでいるように見える。とはいえ、家業を継ぐことに抵抗がなかったわけではない。

 

「僕は農家を志して始めたわけではなく、家業なので “やらなくちゃいけない”とか、“やるんだろうな”という、極端に言えば半分諦めに近い部分から入ったんですよ」。

 

農業高校を卒業し、さらに農業の専門学校で知識を学び、社会人を経験するために花を扱う企業などで数年働いて実家に戻ってきた。3年たった頃にヨロ研の話が舞い込んできた。

 

家族からの反対はなかったという。むしろ家族は背中を押してくれた。実家の仕事に戻って3年目に入ったところで、なんとなく仕事をこなしている日々が続き、気持ちがくすぶっているような時期だったため、むしろ参加することで前向きな気持ちになれたという。

 

「最初は面白そうだなと思っただけでした。それがまさか、今のような大きな取り組みになるとは想像していませんでした。当初は今の畑の3分の1程度で作る予定だったので」。

 

2キロほどの大きな玉になるというちりめんキャベツ。池田さんの人気商品でもある。

 

初めて作る洋野菜。それも、見たことも食べたこともない野菜を作るということもあって、最初の年はかなり戸惑いがあったという。

 

そこで、ヨロ研に所属している種苗会社と密に情報交換をしながらの野菜作りが始まった。レタスのように葉が巻いて球になるラディッキオは、玉の硬さがどのぐらいになったら完成なのか? そんなことも一歩一歩確かめながらイタリア野菜に取り組んだ。

 

イタリア野菜は初めてでも、野菜農家としての経験や実績は十分にもっている。作ってみると苦労はあったが、初年度から出来は悪くなかったという。

 

「むしろたくさんできてしまっても売り先がないかもしれないということが心配でした」。

 

農協を通して売ってもらう家業の商品と違い、ヨロ研の野菜は買ってくれる人を見つけることも重要だ。日本人にあまり馴染みがない野菜が多く、最初はなかなか受け入れられないものもあったという。

 

認知度を上げるために、ヨロ研ではシェフを招いての畑見学会を定期的に行っている。またイベント的なマルシェも開催している。生産者が売り場に立ってお客さんと話すことで、ヨロ研の魅力を知ってもらおうという試みである。こうしたヨロ研の取り組みはマスコミで話題を呼び、テレビで取り上げられたり、新聞の取材を受けたり、年に数回は展示会にも出展する。そんな時は野菜作りの合間に時間をやりくりして、なるべくみんなの持ち回りで活動を広める努力をしている。

 

ヨロ研が紡いでくれた

たくさんの人との出会い

 

ヨロ研ではメンバーそれぞれが違う野菜を作っている。池田さんがメインで作っているのは、イタリアの伝統野菜ラディッキオだ。ラディッキオはワインレッドと白のツートンカラーが鮮やかなチコリの一種。キャベツや白菜のように葉が玉状に巻く野菜で独特の苦みに特徴がある。

 

「ラディッキオは色がすごくきれいなんです。初めて作った時に、こんなきれいな野菜ができるんだなと思いましたね。それまでは緑の野菜ばかり作っていたので。味はあまりの苦さにびっくりしたんですけれど、ずっと食べ続けていると食べ慣れて美味しく感じるようになってきました(笑)。この苦味がいいと言ってくださる方も多いんですよ」。

 

ラディッキオには何種類もあるが、池田さんが主に作っているのはトレビスと言われるものだ。このラディッキオを中心に、春夏はバジルやズッキーニ、秋冬はエンダイブやイタリア語でカーボロ・ヴェルツァと呼ばれるちりめんキャベツなどを手がけている。

 

まだ色が赤くなる前の緑のラディッキオ。中心が玉になる。

 

畑を訪ねた時期はちょうど雨が定期的に降っていたため、台風で根がやられてしまい野菜の成長が悪くなっていた。これから根の周りの土を丁寧に手で掘り返して、空気を入れる作業をしなければならないらしい。池田さんの畑は、土がかなり柔らかい性質のせいで台風などで被害が出やすいという。

 

「現在11人いるヨロ研のメンバーはみんな車で5分、10分の距離なんですが、そんなに近くても土の性質は畑によって違うんですよ。だから同じ野菜を作っても、できあがると違うのが面白いんです」

 

池田さんの畑のようにサラサラの柔らかい土からできた葉ものは、葉っぱが薄く繊細になる。しかし、少し固い土の畑の場合は、葉に厚みがあってしっかりしたものできるのだそうだ。

 

ヨロ研のメンバーは、1カ所に集まって出荷するため、みんな近くに住んでいる。そこで、ハイシーズンになるとたくさんできた収穫物を持ち寄って、お互いに物々交換をすることもあるという。

 

畑には小さなカエルがぴょんぴょん飛んでいる。

 

「ヨロ研に参加したことで、農家のつながりが密になりましたね。農業をやっていると自宅にいることが多いので、あまり世界が広がらないのですが、この取り組みを始めたことでいろんな人に会うようになったし、どんどん外に出ていくようになりました」。

 

それまでは全く交流がなかった料理人や一般の消費者、展示会で会うお客さん、企業の人など、個人で農家をやっていたら出会わなかった人々と交流が広がったことは、ヨロ研に参加したことで大きく変わったことだ。

 

マルシェで野菜を買ってくれるお客さんと直接会話をすることもあれば、ヨロ研の野菜を使っているシェフのレストランに食べにいくことも多くなった。

 

「今までは自分が作っている野菜がどう使われているのか知ることはありませんでしたが、実際にレストランへ行って、自分の野菜が使われた料理を目にするとすごく勉強になりますし、美味しい料理にしてもらえるのは何よりうれしいですね」

 

同じ農業という世界にいながらも、池田さんは新しい一歩踏み出したことで、思ってもいなかった仕事の風景が見えてきたのかもしれない。それはこれからの農業の先にある姿を予感させてくれるようにも思える。

 

ヨロ研イチのきれいな畑の持ち主といわれる池田さん。畑への愛情は深い。

 

しかし戦いはまだ始まったばかり。まだまだ悩みは尽きず、先は長い。

 

「ラディッキオには独特の苦みがありますので、まだ一般的ではなくて売れ行きもゆっくりしています。何かひとつバーンと売れるものがあればいいんですが、まだそれがなくて。ヒットがない限り、新しい野菜に常にチャレンジしながら定番を上手く紹介していくしかないと思っています」。

 

今のところ池田さんは自分の主力となる野菜を探している最中だ。現在は10種類ほどを手がけているが、畑のあちこちで少しずつ新しい野菜にチャレンジしているのもそのため。

 

様々なイタリア野菜がのびのび育つ池田さんの畑の景色は、まるで外国の菜園のようで、きれいで楽しげに見える。農薬も必要最低限しか使っていない。虫の温床となる雑草をきれいにとり除き、また虫がついていないか常に葉の裏まで目を光らせているから、きれいで健康的な野菜に育っている。

 

「農薬はどうしてもという時だけ使うようにしています。そのための手間は惜しみません。もしかしたらそれは効率が悪いと思う人もいるかもしれませんが、手間をかければそれだけいい野菜ができることは、イタリア野菜を作り始めて実感したことのひとつなんです。野菜は種を撒けばなんとなくはできますが、それと意識して作るものは全く違うと思っています」

 

現在、池田さんの畑にある野菜の収穫期は11月。これからの11月、12月は埼玉のヨーロッパ野菜が一番いい時期だという。埼玉県内にあるサポートレストランでは、年間を通じてヨロ研の野菜を使ったメニューを出しているので、ぜひ味わってみたい。

 

 

さいたまヨーロッパ野菜研究会とは

 

2013年春にスタート。栽培の難しいヨーロッパ野菜を日本向けに品種改良、さいたま市内で栽培してレストランに供給し、市内レストランで「オールさいたま産」のヨーロッパ野菜を楽しんでもらうことが目標。さいたま市内の若手農家グループ、さいたま市内のシェフ、種苗会社のトキタ種苗㈱、食料品卸などが協力して、ヨーロッパ野菜の地産地消に取り組んでいる。現在は埼玉県内の1000軒以上のレストランで取り扱いがあり、ホームページに掲載されているサポートレストラン約60軒では、通年、ヨロ研野菜を使った料理が味わえるほか、webサイトで販売も行う。

https://saiyoroken.jimdo.com/

 

 

   (取材&文・岡本ジュン 撮影・くまぞう)

 

PROFILE  岡本ジュン

“おいしい料理とお酒には逆らわない”がモットーの食いしん坊ライター&編集者。出版社勤務を経てフリーに。「食べること」をテーマに、レストラン、レシピ、旅行などのジャンルで15年以上に渡って執筆。長年の修業(?)が役に立ち、胃袋と肝臓には自信あり。http://www.7q7.jp/