The Food Crafter

2017.09.27

築地市場は師匠
通う度に発見がある

日本橋魚河岸で発祥し、築地に移って約80年の「築地市場」。世界トップクラスの市場といわれるこの場所を師と仰ぎ、通い続ける料理家がいる。懐石料理を根底に幅広い活動をする奥田ここさんが、彼女を惹きつけてやまない築地の魅力を語った。

 

VOL.3 奥田ここ@料理家

 

通い始めて15年

そのすべてが学びの時間

 

築地の仕入れ帰りに落ちあうと、奥田ここさんは華奢な体に大きなクーラーバッグをさげて現れた。足元は築地の老舗である伊藤ウロコのゴム長で決めている。いつものおしゃれな風貌とうらはらに、築地の買い出しスタイルがなかなか板についている。

 

奥田さんの肩書は料理家。しかしその活動は料理を教えるということに留まらず、幅広い領域に渡っている。世田谷区で開催する料理教室をベースに、雑誌でレシピを紹介することもあるし、食材の生産者を訪ねて記事を書くこともある、海外での料理教室の経験も少なくない。香港では定期的に料理教室を行っているし、NYでレッスンしたこともある。

 

海外に行く時は、ちょっとした料理ができる準備はいつも万端。“台所のあるところならどこでも料理を作ります”というのがポリシーだ。そんな活動を聞いていると、思わず“旅する”料理家と名付けたくなってきた。

 

さらに最近では、鮪の仲卸や老舗の鰹節問屋の女将さんなど、築地市場のプロフェッショナルたちと一緒に活動することもある。

 

奥田さんの前職は外資系のコンサルティング会社。築地に通い始めたのは15年前で、懐石料理を習い始めたことがきっかけだった。

 

「もともと食べることが大好きでした。昔から海外を旅すると、観光名所を見て歩くよりも地元の市場や漁港ばかりに行ってましたね。60~70都市は回ったんじゃないかしら」。

 

とくにその土地の郷土料理を食べることに旅の醍醐味を感じるという。イタリアでの料理勉強の経験もあり、イタリア人が地元を愛し、その郷土料理を愛する姿を見て、自分自身も日本料理の魅力や背景を伝えられるようになりたいと考えた。

 

 

この日に築地で仕入れたもの。鮮度のいいいアカムツや菊花、シーアスパラガス。珍しい野菜も築地に来れば手に入る。

 

 

「それで懐石料理を習うことにしたんです」。

 

奥田さんが学んだのは、江戸の文化を背景にしている近茶流。最初は軽い気持ちで始めたものの、入ってみると、近茶流は料亭レベルの本格的な懐石料理を学ぶ場所であった。

 

「これは気合をやる入れてやらないといけないと思いまして」(笑)。

 

やるからには本気で。そこから奥田さんの料理人生の転機がやってくる。月2回のお稽古の復習をするために、スーパーでは買えない食材を仕入れようとついに築地へと足を運んだのだ。

 

「もちろん最初は場内なんてとんでもない。場外からですよ」と笑う。

 

ともかくも14年前に最初の一歩を踏み出したのだ。それ以降、築地というワンダーランドへおっかなびっくり分け入っていくこととなった。

 

その料理の生い立ちを

もっと知りたい

 

「築地に初めて行ってから1年ぐらいした頃でしょうか、近茶流の師匠が行きつけのお店をご紹介してくださったんです。そこからだんだんとお店の方とも仲良くして頂くようになりました。」

 

15年は長いですねというと、「まだまだひよっこです」と謙遜する。築地の魅力は食材を調達するだけではないという。どんなところが奥田さんを惹き付けているのか。

 

「世界一と思える水産食材が揃っていることは大前提ですが、築地の中には鮪のプロ、タコのプロ、鰻のプロなど、専門のプロフェッショナルがたくさんいるんです。その方々と話をしながら買い物をする時は、私にとって全てが勉強の時間です。築地の至る所に先生がいて、聞けばなんでも教えてくれる、授業料もなしで(笑)。こんなにすごいことはないですよね」。

 

 

世界最大級の水産市場と言われる築地。集まる食材の豊富さもさることながら、働く人々のプロフェッショナルとしてのレベルは非常に高い。

 

「とにかく働いている人たちがすごく魅力的! 仕事の場でありながら観光要素もあって、いろんな人が行き来していますよね。こんなにエキサイティングな場所はないなって思います。それにいまだに“江戸の粋”を感じさせるところもいいんです。

 

もともと市場というのは折衝でものを買う場所と思っています。そういうアナログでやりとりをすることを好む方には楽しいと思いますが、そうでない場合はちょっとストレスかもしれません。だけどその会話の中からいろんなことを教えてもらえるのは貴重な経験です」

 

奥田ここさんは外資系コンサルティング会社に勤めるかたわら懐石料理を学び、イタリア滞在を経て料理家に。

 

 

奥田さんが教えているのは、懐石料理をベースにした家庭でも作れる和食。その考え方はとてもシンプルといえる。

 

「お茶事の懐石料理は、食べられるもの以外は器に載せないのが原則。私も茶事の懐石料理をベースにしているので、あしらいは必ず食べられるものしか使いません。また、食材をまるごと使い切るような献立を心がけています」。

 

さらに、その日の体の状況によって、味の濃いものが食べたい時や薄味のものが食べたい時があると考えている。

 

「例えば夏にスポーツをしてたくさん汗をかくと、塩気のきいたものが欲しくなることがありますよね? そのように日々変わるからだの状況に応じられるように、醤油が大さじ1とか、砂糖が小さじ1とかではなくて、その人が美味しいと思う料理を作れるように紹介しています」

 

レッスンではレシピだけでなく食材の背景も説明するように心がけている。

 

「その食材が“なぜそうなのか”ということに興味があるんです。食材の生い立ちというのかな。そういうことを知りたい人が他にもいるんじゃないかと思っているので、なるべくそういう話ができるようになりたいんです」。

 

 

普段の料理教室で教えているのは季節を感じさせる和食/撮影:奥田ここ

 

 

できるだけ、気に入った食材の生産者にも会いに行くように心がけているという。

 

「生産者に会いに行くことはある意味ライフワークだと思っているんです。なぜこれが美味しいのか、どうやって作っているのかが分かると、料理を考える時にアイデアが思い浮かぶことが多いし、レッスンでお話するときにも、食材のルーツのお話は興味を持って頂けることが多いです」。

 

今までにはカツオ漁や桜海老漁、養豚場などに行っている。大好きなオリーブオイルの生産者には季節を変えて訪問し、美しい理由を学んだという。生産者に会いに行くことは、料理のための欠かせない作業のひとつだ。食材に対するこの姿勢は、築地市場に通うことと繋がっているように思える。

 

築地の食のプロフェッショナルと

料理のレッスン教室を開催

 

 

今年7月、奥田さんは築地にある調理室で料理のレッスンを行った。そこに力を貸してくれたのが、築地でも大きな鮪の仲卸を手がける会社の会長だった。その人物には、築地で働く人々が通う喫茶店、愛養で出会ったという。

 

「この方とは愛養でお顔を拝見するようになって10年以上は経ちますね。会話を交わすようになったのはここ数年。きちんとお話をするようになったのがここ1年くらいなんです」。

 

話をするうちに、市場にある調理室を使って何かやったらいいじゃないかと声をかけてもらったのだ。

 

「海外の市場は、魚を買ってレストランに持ち込んで料理してもらうところもありますよね。築地ではそのような形式での飲食スタイルはありませんが、目の前で買って食べるという行為は躍動感があるでしょう? そこから学ぶものもすごくあると思うし。だから目の前の市場で買って料理をするというレッスンをずっとやりたいと思い続けていたんです。今回はその貴重な機会を頂けたと思っています」。

 

 

9月に行われた鰹節問屋・秋山商店の女将さんとのレッスンの打ち合わせ。出汁のとり方や鰹節料理を紹介した/撮影:編集部

 

 

9月には、老舗の鰹節問屋の女将さんと鰹節をテーマにしたレッスンを行った。料理だけではなく、実際に築地のプロから食材の話がきけるこのレッスンはすぐに満席という人気ぶりだ。来月10月には、東京の道具街、合羽橋にある老舗料理道具専門店・釜浅商店とのコラボレーションレッスンも企画している。

 

「釜浅商店さんの鉄釜を使って新米を炊きます。実は久しぶりに一目ぼれした鉄釜なんですよ」と嬉しそうに語る奥田さん。

 

茶道でお湯を沸かす釜は茶道の命ともいわれる。その釜でご飯を炊いて振舞うという茶事があるのだそうだ。

 

「この時のご飯が、釜の鉄の香りと炊きあがったご飯の甘い香りが重なって、なんとも言えないいい香りで大好きなんです。釜浅商店さんの鉄釜でご飯を炊くと、それを思い出すんですよ」。

 

世界が注目するワンダーランド・築地市場と出会って、自分だけの料理の世界から“食のプロ”との新しい料理のカタチへと繋げている奥田さん。これからもまだまだその料理への旅は充実したものになっていくのだろう。

 

 

奥田ここ

web:http://chisou.typepad.jp

Twitter: http://twitter.com/KokoOkuda

Instagram: https://www.instagram.com/kokookuda/

 

 

(取材&文・岡本ジュン 撮影・名取和久)

 

PROFILE  岡本ジュン

“おいしい料理とお酒には逆らわない”がモットーの食いしん坊ライター&編集者。出版社勤務を経てフリーに。「食べること」をテーマに、レストラン、レシピ、旅行などのジャンルで15年以上に渡って執筆。長年の修業(?)が役に立ち、胃袋と肝臓には自信あり。http://www.7q7.jp/