Complicated Watch

2017.12.06

史上最も滑らかなチャイム音で
時を知らせる究極のグラン・ソヌリ

腕時計はもはや「時を知る道具」ではない。あなたの時間を豊かに彩り、輝かせ、ドラマチックなものに変える、美しく感動的なアート作品。時計メゾンは今、この認識の下、かつてない美しさとメカニズムを持つ芸術的な腕時計の製作に取り組んでいる。第6回目は1755年にジュネーブで創業し今年で創業262年を迎えた、現存する世界最古の老舗時計メゾン「ヴァシュロン・コンスタンタン」初のグラン・ソヌリ腕時計をご紹介します。

 

Vol.6
VACHERON CONSTANTIN
『Les Cabinotiers Symphonia Grande Sonnerie 1860』
ヴァシュロン・コンスタンタン
レ・キャビノティエ・シンフォニア・グラン・ソヌリ 1860

 

時を告げる「教会の鐘」の機能を

腕時計で実現する「グラン・ソヌリ」

 

時計王国スイスはもちろんのこと、フランス、ドイツなどヨーロッパの古い街や村を歩いていると、毎正時、また場所によっては30分ごとに、教会の鐘が重厚な音で時刻を教えてくれる。これは日本語では「時鐘」と呼ばれるもの。人々は時計が普及する20世紀まで、この鐘の音で時刻を知ったのだ。

 

そして、こうした時鐘機能を持つ機械式時計が教会の塔に設置されたのは今から700年以上も前、13世紀の頃からとされる。そもそも機械式時計の歴史は、この教会の塔時計から始まった。聖職者たちが神に祈る時間を確実に知るために、またこの世界のすべてを統括する教会の権威をアピールするために、ヨーロッパ各地の教会で塔時計が続々と作られていったのである。

 

ジュネーブ市内、ケ・ドリルのヴァシュロン・コンスタンタンのブティックのすぐ近くにある塔時計。毎正時を鐘の音で知らせる。ちなみにここは、1875年まで同社が拠点を構えていた縁ある場所でもある。

 

こちらはスイス北部、ライン河を挟み橋ひとつでドイツに隣接する古都ラウフェンブルクの教会と塔時計。こちらは毎正時と30分に美しい音を響かせる。

 

そしてこの「時鐘」の機能を腕時計で実現したのが「ソヌリ」と呼ばれる複雑機構だ。時を音で知らせる機構といえば、この連載で以前も「複雑機構の最高峰」として紹介した「ミニッツリピーター」が最も知られている。作動レバーを動かすと時計の中に内蔵された「時打ち機構」が動作する。時針と分針が示す現在時刻に合わせて、小さなハンマーがケースに沿って円弧を描く棒状のチャイム(ゴング)を叩いて音で時刻を知らせてくれるものだ。

 

ところが、ソヌリの名が付いた時計には、さらに特別な機能がある。ミニッツリピーターのように操作をしなくても、決まった時刻になると、自動的に時打ち機構が作動し、時刻を音で教えてくれる、つまり時報機能を備えているのだ。

 

そしてこのソヌリにも種類がある。毎正時を教えてくれるものをソヌリ。毎正時と毎時30分、つまり30分おきに時を教えてくれるのがプチ・ソヌリ。毎正時と15分、30分、45分、つまり15分おきに時を教えてくれるものをグランド・ソヌリと呼ぶ。なお、ミニッツリピーターのハイエンドモデルには、このプチ・ソヌリとグランド・ソヌリの機能を備えたものも少なくない。

 

現存する世界最古の時計メゾン

ヴァシュロン・コンスタンタンの挑戦

 

ヴァシュロン・コンスタンタンは1755年創業と、現在まで存続している時計メゾンの中でももっとも長い260年以上の歴史を持つ老舗中の老舗。16世紀、宗教上の迫害から逃れてフランスからやってきた新教徒の時計師たちにより始まったジュネーブの時計作りの伝統をダイレクトに継承する時計界でも貴重な存在であり、同時に複雑時計の世界をリードし続けてきた時計ブランドである。

 

創業者ジャン=マルク・ヴァシュロンが製作したと思われる、現存する唯一の懐中時計。時計職人としての卓越した技術がうかがえる。

 

同社は創業260周年に当たる2015年に、57もの複雑機構を備えた世界で最も複雑な機械式時計「リファレンス57260」を発表し、世界を驚かせた。2016年からはさらにこの「世界で最も複雑な機械式時計」の技術を元にヴァシュロン・コンスタンタンはいくつもの複雑ウォッチを開発し、さらに時計コレクターの注目を浴びている。

 

そして、そのひとつが23もの天文表示機構を備えた「レ・キャビノティエ・セレスティア・アストロノミカル・グランド・コンプリケーション 3600」である。2017年1月に発表されたこのモデルは、時計業界のプロたちが厳正な審査の下に優れた時計を表彰する「ジュネーブ・ウォッチ・グランプリ(GPHG)」の2017年度「メカニカル・エクセプション賞」に輝いている。

 

計の歴史上最多、57もの複雑機構を備える「リファレンス57260」。世界的な時計コレクターが発注したスペシャルピースで、開発には3人の社内時計師が専任で当たり、完成には丸8年間を要した。パーツ数は2800個を超えた。ケースはホワイトゴールド製で直径98mm、厚さ50.55mm。全部で2個が製作され、ひとつはヴァシュロン・コンスタンタンのアーカイブに収められた。

 

(左)2017年のジュネーブ・ウォッチ・グランプリ(GPHG)のメカニカル・エクセプション(卓越した技術)賞を受賞した「レ・キャビノティエ・セレスティア・アストロノミカル・グランド・コンプリケーション 3600」。ユニークピース。
(右)11月8日にジュネーブで開催された表彰式。全部で16のモデルが栄冠に輝いた。

 

そして、今回ご紹介する「レ・キャビノティエ・シンフォニア・グラン・ソヌリ 1860」は、このジュネーブ・ウォッチ・グランプリ受賞作と共に2017年1月に発表されたユニークピース。非常にクラシックで地味な外観だが、ミニッツリピーターとグランド・ソヌリの分野で画期的な機能を成し遂げた。時計が好きな方、特に複雑時計に興味を持った方にはぜひその存在を知ってほしい「隠れた傑作」だ。

 

 

「美しい音」と使いやすさ、信頼性を追求した

メゾン初のグラン・ソヌリ腕時計

 

ヴァシュロン・コンスタンタンは、懐中時計の時代からソヌリ機構を備えたモデルを数多く製作してきたが、意外にもグラン・ソヌリ機構を備えた腕時計はこの「レ・キャビノティエ・シンフォニア・グラン・ソヌリ 1860」が初めてとなる。

 

機能だけで考えると、これは1908年に製作されたグラン・ソヌリとミニット・リピーター機構を搭載する懐中時計ともいえる。しかし、10年という長い期間をかけて開発されたこのモデルは、サイズばかりでなくメカニズム的にも革新的で画期的な機構と機能を備えている。

 

まず、時刻を音で知らせる「時打ち」モデルで最も重要な音の点でこのモデルの画期的な点が、時間と分を知らせるチャイム音の間に感じる「ファントム・クォーター」と呼ばれる無音状態を無くしたこと。その結果、時間を知らせる音もクォーター(15分)を知らせる音も、その間隔がきっちりと同じに保たれ、しかも滑らかに途切れず、整然と連続して美しく響く。また、時計用とチャイム用の香箱をそれぞれ独立させるなど、15分ごとにチャイムを鳴らす、24時間だと96回にも及ぶ動作で必要なエネルギー消費に対応した工夫も随所に施されている。

 

そしてもうひとつ、このモデルの大きな特徴が優れた操作性と信頼性だ。グラン・ソヌリ、プチ・ソヌリ、そしてソヌリ機構の停止というモードの切り替えは、回転ベゼルを30度回すだけで行える。またミニッツリピーターの作動は一般的なレバー式ではなく、3時位置の大型リュウズの中央にあるボタンを押すだけで行える。

 

また時計の時刻調整中はソヌリ機構やミニッツリピーター機構が一切働かない、チャイム作動中はチャイムの作動が完了するまでモードの切替が行えない、さらにチャイムの作動に充分なエネルギーがゼンマイにない場合はチャイム機構が作動しないなど画期的な安全機構が備えられている。さらに、普通は眺めることができないグラン・ソヌリ、プチ・ソヌリ機構が作動する様子がケースバックから眺めることができるのもこのモデルの魅力。

 

(左)ソヌリのモード切り替えレバーはさりげなくリュウズの近くのベゼル部分に。またミニッツリピーターのプッシュボタンにはトレードマークのマルタ十字が輝く。(右)シースルーバックのケース裏。チャイム機構がここまで可視化されているモデルは少ない。

 

残念ながらこのモデルはユニークピース(1点限定製作)だが、このメカニズムは今後、ヴァシュロン・コンスタンタンが製作するグラン・ソヌリ機構を搭載した腕時計の基本として今後のモデルに活かされるに違いない。ぜひともその動画で、この傑作の魅力を体験して頂きたい。

 

 

 

 

VACHERON CONSTANTIN

『Les Cabinotiers Symphonia Grande Sonnerie 1860』

ヴァシュロン・コンスタンタン

レ・キャビノティエ・シンフォニア・グラン・ソヌリ 1860

 

時、分、スモールセコンドによる秒表示という時計機構に加えて、グラン・ソヌリとプチ・ソヌリ、ミニッツリピーター機構をひとつに集約したヴァシュロン・コンスタンタン初の腕時計。727個のバーツをひとりの時計師が500時間をかけて組み上げたアートピースだ。手巻き/18Kホワイトゴールドケース/ケース径45mm/ケース厚15.1mm/アリゲーターストラップ/ ミニッツリピーターの音を増幅する共鳴ホルダー付属/世界限定1本/参考商品(販売済)

 

問い合わせ先

ヴァシュロン・コンスタンタンTEL:0120-63-1755

www.vacheron-constantin.com

 

(取材&文・渋谷ヤスヒト)

 

PROFILE 渋谷ヤスヒト

ジャーナリスト、エディター、メディアプロデューサー。モノ情報誌編集部員時代の1995年から現在まで、スイス2大時計フェアや国内外のあらゆる時計ブランドの取材を一貫して続ける腕時計のエキスパート。他にもクルマ、カメラ、家電、IT機器、ファッション、トラベル、食まで、国内外のあらゆるモノとコト作りの現場取材を続けている。