デザインインフォメーション

2017.05.22

世界的建築家・坂 茂氏の設計思想を実感
「坂 茂:プロジェクツ・イン・プログレス」

(C) Nacása & Partners Inc.

世界中で重要な建築物の設計に数多く携わり、「紙の建築」でも知られる建築家の坂 茂氏。震災復興を含む、世界中の災害支援活動を精力的に行っていることでも有名だ。多方面に及ぶ建築活動が評価され、2014年には建築界のノーベル賞とも言われるプリツカー賞を受賞。いまや、世界で最も注目される建築家の一人といえよう。

 

東京・乃木坂のTOTOギャラリー・間では、「坂 茂:プロジェクツ・イン・プログレス」が開催中。最新プロジェクトの迫力あるモックアップを通して、坂氏の設計思想に触れられる絶好の機会となっている。

 

ラ・セーヌ・ミュジカル(フランス、パリ近郊/2017) 設計:Shigeru Ban Architects Europe  (C)Nicolas Grosmond

ラ・セーヌ・ミュジカル(フランス、パリ近郊/2017) 設計:Shigeru Ban Architects Europe
(C)Nicolas Grosmond

 

大規模プロジェクトのモックアップを通して

最新作をコンセプトから竣工まで濃密に体験

 

〈ポンピドー・センター – メス〉(2010年/フランス)や〈大分県立美術館 OPAM〉(2014年/日本)など、国内外で公共民間を問わず注目プロジェクトを次々と手がける建築家、坂 茂氏。

 

紙や木といった素材の可能性を探求し、「紙管(しかん)」を建築作品だけでなく、安価で組み立て・解体・再利用が容易な特徴を活かし、世界各地の災害支援にも尽力していることでも知られている。

 

今回TOTOギャラリー・間で坂氏が展開しているのは、あえて現在進行中のプロジェクトだ。しかも、「木」を大規模な構造体として用いる10案件「台南市美術館」のみ鉄構造)に絞り、建物の骨となる構造の様子がよく分かる大きな模型を中心に構成している。

 

オープン時に坂氏は「展覧会でしか見られないものを、建築関係者でなくても分かりやすいものを、と考えてモックアップや映像などを用意しました」と説明。第1会場、中庭、第2会場と、各プロジェクトは実物大や大きなモックアップを中心に紹介される。

 

ラ・セーヌ・ミュジカル(フランス、パリ近郊/2017)設計:Shigeru Ban Architects Europe  (C)Nicolas Grosmond

ラ・セーヌ・ミュジカル(フランス、パリ近郊/2017)設計:Shigeru Ban Architects Europe
  (C)Nicolas Grosmond

 

ラ・セーヌ・ミュジカルの4mもの断面模型を展示。中洲の西先端に位置する音楽ホールは、セーヌ川に浮かぶ巨大客船のようだ。(C) Nacása & Partners Inc.

ラ・セーヌ・ミュジカルの3.5mもの断面模型を展示。中洲の西先端に位置する音楽ホールは、セーヌ川に浮かぶ巨大客船のようだ。(C) Nacása & Partners Inc.

 

3階の第1会場の全体を使って紹介されるのは、4月22日にオープンを迎えた〈ラ・セーヌ・ミュジカル(La Seine Musicale)〉。フランスはパリ近郊、セーヌ川のセガン島に建てられた、約1,150人収容のクラシック音楽専用のホールを中心とした複合音楽施設である。

 

展示室の中央には、施設の約3.5mにわたる模型が据えられている。一部が切断された断面模型になっていて、木造の六角グリッドによって巨大なバスケットのように包まれた円形の音楽ホールなどの様子が把握できる。中洲の西先端に位置するこの建物は、セーヌ川に浮かぶ巨大客船のようだ。

 

客船のイメージを強めているのは、音楽ホールのそばにある、船の帆のような曲面である。「形で遊ぶのは好きではない」と語る坂氏がこの曲面を用意したのは、ソーラーパネルを取り付けるため。発電効率を高めるため、太陽の動きに合わせて帆のような曲面は音楽ホールの周りをゆっくりと移動する。訪れる時間や季節によって様子が移り変わるという、動的な建築物となっている。

 

ハニカム形状の音楽ホールの天井や、木の板の並べ方を変えて音の響きを調整する壁のモックアップも展示。 (C) Nacása & Partners Inc.

ハニカム形状の音楽ホールの天井や、木の板の並べ方を変えて音の響きを調整する壁のモックアップも展示。
(C) Nacása & Partners Inc.

 

音楽ホールで使われるオリジナル座席の展示は座ることもできる。座面と背もたれが紙管で、周りに赤色のクッションを巻いてある。座って鑑賞できるのは、建設プロセスを定点カメラで記録した動画。(C) Nacása & Partners Inc.

音楽ホールで使われるオリジナル座席の展示は座ることもできる。座面と背もたれが紙管で、周りに赤色のクッションを巻いてある。座って鑑賞できるのは、建設プロセスを定点カメラで記録した動画。(C) Nacása & Partners Inc.

 

「荒々しい外観に対して、中は手仕事によって対比的に仕上げている」という坂氏の説明を裏付けるのは、室内の様子を伝える数々のモックアップだ。

 

展示室の天井の一部には、音楽ホールの天井に取り付ける紙管を使った六角形のフレームが、舞台設備や照明器具を仕込むための検討がされた様子を伝える。壁面には波板に加工された合板が張られることが、やはりモックアップで示される。それぞれの板をずらしたり穴を開けたり、編んだりすることで音響を調整する仕組みだ。

 

音楽ホールで使われるオリジナルの座席の現物も展示され、座ることができる。座面と背もたれが紙管で、周りに赤色のクッションを巻いた、柔らかい印象の座席だ。座って鑑賞できるのは、建設のプロセスを定点カメラで記録した動画。施設のコンセプトを伝えるための美しい映像作品も、壁面モニターには投影されている。

 

本施設は、コンペから完成まで5年間にわたったという。コンセプトメイキングから実施のための設計、細かい部分に至るまでの検討、建設のプロセスを濃密に体験できる展示である。

 

中庭で展示されている3つの進行中のプロジェクト。頭上を覆うのは、大分の〈竹田市クアハウス〉で使われる屋根架構の1分の1モックアップ。(C) Nacása & Partners Inc.

中庭で展示されている3つの進行中のプロジェクト。頭上を覆うのは、大分の〈竹田市クアハウス〉で使われる屋根架構
の1分の1モックアップ。(C) Nacása & Partners Inc.

 

熊本地震の被災者のために設計した仮設住宅のモックアップ。特別な技術がなくても建設できる木製のL字型ユニットを考案し、仮設住宅で生じる音の問題の解消が図られている。(C) Nacása & Partners Inc.

熊本地震の被災者のために設計した仮設住宅のモックアップ。特別な技術がなくても建設できる木製のL字型ユニットを考案し、仮設住宅で生じる音の問題の解消が図られている。(C) Nacása & Partners Inc.

 

 

最先端の木材加工技術と共に

日本固有の問題点も示唆

 

中庭で示されるのは、3つの進行中のプロジェクト。頭上を覆うのは、大分の〈竹田市クアハウス〉で使われる屋根架構の1分の1模型である。実際の建物では、合板を製作する際に残る直径6cm・長さ1.8mのカツラ剥き芯材が使用されるが、本展では紙管に置き換えられている。架構面にはなだらかな凹凸が付いているが、これは材の重ね方によって生じるものだという。

 

中庭で展示される残りの2つのプロジェクトは、坂氏が行う人道支援プロジェクトを代表するものだ。1つは〈熊本木造仮設住宅〉で、熊本地震の被災者のために設計した仮設住宅のモックアップである。専門知識や特別な技術がなくても建設できる木製のL字型ユニットを考案し、実際に建設された。収納を住戸間の壁側につくり付けることで、仮設住宅で生じている音の問題の解消が図られている。

 

もう1つは、2015年に起こったネパールの大地震後に開発した復興住宅のモックアップ。現地でモジュール化されている木枠と合板を組み合わせて構造パネルとし、倒壊した家屋から剥がれ落ちた煉瓦をパネルの中に詰めて外壁をつくるというものだ。

 

4階の第2会場に上がると、6つのプロジェクトが展示されている。やはり「台南市美術館」を除き、すべてが木造の架構による建物で、可能性とともに坂氏は日本で抱える木の建築物に対する課題も示唆する。〈スイス時計会社本社〉では、3分の1の構造モックアップが展示された。色の濃淡があるのは、必要な強度に合わせて木の材種を変えているためだという。

 

現地では、このプロジェクトのために専用の加工工場を用意し、3Dカッターで木材同士の接合部の細かい加工を行う。いまや、エンジニアウッドと呼ばれる木材の加工技術は、スイスやドイツがトップランナー。日本では独特な耐火制限が主な理由で、木材技術で世界に大きく水を開けられている現状を、坂氏は憂いる。

 

スイス時計会社本社(スイス、ビール/ビエンヌ/進行中)設計: 坂茂建築設計/Shigeru Ban Architects Europe (C)Didier Ghislain

スイス時計会社本社(スイス、ビール/ビエンヌ/進行中)設計:坂茂建築設計/Shigeru Ban Architects Europe (C)Didier Ghislain

 

富士山世界遺産センター(日本、静岡県富士宮市/進行中)設計:坂茂建築設計 (C)坂茂建築設計

富士山世界遺産センター(日本、静岡県富士宮市/進行中)設計:坂茂建築設計 (C)坂茂建築設計

 

その他にも、慶応義塾大学SFCの学生と一緒に制作する、木材と紙を組み合わせた「PHPパネル」によるドームのプロジェクト、外壁に木格子を用いる〈富士山世界遺産センター〉、箱型の建物の隙間を自由に出入りできるようにした〈台南市美術館〉、日本の木材加工技術でも対応できるように検討された〈湯布市ツーリストインフォメーションセンター〉などが、所狭しと並べられる。いずれも大きく精度の高い模型で、見ごたえのあるものばかりだ。

 

木の架構による進行中のプロジェクトを集めた、今回の展示。「木でしかできないことがあり、そこに木造の面白さがある」と坂氏は語る。いずれも構造の仕組みから考案し、建物のあり方を根本から捉え直すものであることが分かる。

 

そして、建造物にしかできない問題解決をするために、膨大な時間と労力がかけられていることが伝わってくるだろう。どの建物でも明快で鮮やかに映る坂氏の設計が、絶えざる探求心に基づいていることを実感できる展示であった。

 

(取材・文/加藤 純)

 

台南市美術館(台湾、台南/進行中)設計:坂茂建築設計 (C)坂茂建築設計

台南市美術館(台湾、台南/進行中)設計:坂茂建築設計 (C)坂茂建築設計

 

〈スイス時計会社本社〉や〈富士山世界遺産センター〉、〈台南市美術館〉など、精度の高い模型展示は見応えがある。 (C) Nacása & Partners Inc.

〈スイス時計会社本社〉や〈富士山世界遺産センター〉、〈台南市美術館〉など、精度の高い展示は見応えがある。
(C) Nacása & Partners Inc.

 

プレスビューで説明する坂茂氏(撮影・加藤純)。

プレスビューで説明する坂茂氏(撮影・加藤純)。 

坂 茂(ばん しげる)

1957年東京生まれ。1984年クーパー・ユニオン建築学部(ニューヨーク)を卒業。1982~1983年磯崎新アトリエに勤務。1985年坂茂建築設計を設立。主な作品に「ポンピドー・センター – メス」(2010)、「大分県立美術館 OPAM」(2014)などがある。これまでに、芸術選奨文化部科学大臣賞(2012)、プリツカー建築賞(2014)、フランス芸術文化勲章コマンドゥール(2014)、JIA日本建築大賞(2016)など数々の賞を受賞。2001~2008年慶応義塾大学環境情報学部教授。2010年ハーバード大学GSD客員教授、コーネル大学客員教授、2011年より京都造形芸術大学教授を務める。

 

(C)Nacása & Partners Inc.

(C)Nacása & Partners Inc. 

坂 茂:プロジェクツ・イン・プログレス

会期:2017年4月19日(水)~7月16日(日)

会場:TOTOギャラリー・間

開館時間:11:00~18:00

休館日:月曜日・祝日

入場料:無料

住所:東京都港区南青山1-24-3  TOTO乃木坂ビル3F

電話:03-3402-1010(代表)

http://www.toto.co.jp/gallerma/

 

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