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2016.07.25

写真に生命を吹き込んだ女性
ジュリア・マーガレット・キャメロン展

三菱一号館美術館(東京・丸の内)では、美しくも型破りな表現方法で知られる女性写真家、ジュリア・マーガレット・キャメロンの回顧展が開催されています。約150点の写真作品や関連資料を日本で一堂に鑑賞できるのは今回が初。キャメロンが切り拓いた芸術表現の新境地を十分に堪能できるまたとない機会といえそうです。

 

ジュリア・マーガレット・キャメロンの日本初の回顧展。キャメロンが切り拓いた芸術表現を十分に堪能できる。

ジュリア・マーガレット・キャメロンの日本初の回顧展。キャメロンが切り拓いた芸術表現を十分に堪能できる。

 

ジュリア・マーガレット・キャメロン《アニー》1864年  ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館蔵 (C)Victoria and Albert Museum, London

ジュリア・マーガレット・キャメロン《アニー》1864年 ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館蔵
(C)Victoria and Albert Museum, London

 

 

48歳で初めてカメラを手にしたキャメロンは

まさに遅咲きの芸術家

 

ジュリア・マーガレット・キャメロンは19世紀後半、ヴィクトリア朝のイギリスで活動した写真家です。当時はまだ記録媒体にすぎなかった写真を、モダンかつ画期的に展開した写真史上重要な人物といえます。

 

今回開催されているキャメロンの誕生200年を記念し、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館が企画した世界6ヶ国を回る国際巡回展であり、日本初の回顧展です。

 

1815年にインドのカルカッタで生まれたキャメロンは、イギリスの上層中流階級の家庭で育ちます。社交好きで風変わりな芸術的感性をもつことで知られた一家の娘たちのなかでも、彼女は特に異彩を放つ存在だったといいます。

 

キャメロンが初めてカメラを手にし、独学で写真に取り組みはじめたのは48歳のとき。

 

きっかけは娘夫婦からカメラをプレゼントされたことでした。クローズアップのポートレートを多く残すキャメロン作品の被写体となったのは、まずは家族やサロンの友人、使用人たちといった身近にいる人々でした。

 

ジュリア・マーガレット・キャメロン《ミューズの囁き》1865年  ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館蔵 (C)Victoria and Albert Museum, London

ジュリア・マーガレット・キャメロン《ミューズの囁き》1865年 ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館蔵
(C)Victoria and Albert Museum, London

 

 

おもしろいのは、被写体を聖書や歴史上の物語、寓話の登場人物に「扮装」させて絵画的に撮影していること。聖書や寓話が重んじられた時代ならではの試みではないでしょうか。これらの作品も、今回多く見ることができます。

 

50歳近くになって本格的に新しいこと、しかも芸術をはじめるのは当時としてはかなり勇気のいることだったのではないかと思います。

 

キャメロンはサウス・ケンジントン博物館(現ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館)創設当時の館長であるヘンリー・コウルに宛てた手紙のなかで、同博物館に自分の作品を置いてもらえるようかなり積極的に売り込んでいます。

 

作品の展示に混じって、キャメロンの写真に対する野心的な一面が見え隠れする書簡などもいくつか見ることができるのが、本展覧会の興味深いところでもあります。

 

ジュリア・マーガレット・キャメロン《五月祭》1866年  ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館蔵 (C)Victoria and Albert Museum, London

ジュリア・マーガレット・キャメロン《五月祭》1866年 ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館蔵
(C)Victoria and Albert Museum, London

 

ソフトフォーカス、引っかき傷、染み

批評家の賛否両論を呼んだ独自の表現方法

 

キャメロンの撮る写真の特徴は、故意に焦点が外されていることで対象がぼやけていること。いわゆるソフトフォーカスです。写真のテクニックとしては欠点とも捉えられかねないでき栄えを、彼女はあえて積極的に取り入れました。

 

また、ネガにわざと引っかき傷を残す、染みやその他の制作プロセスの痕跡がしばしば見られることも特徴として挙げられています。なかには、被写体の子どもの足を細く見せるためにネガに引っかき傷を付けた、という作品もありました。

 

デジタル画像が主流になりますます写真の欠点がなくなるなかで、キャメロンの撮る写真はどこか新鮮に映りました。

 

ぼやけや手作業の跡が返ってあたたかみを添え、物憂げな表情のポートレートもなかにはあるのですが、そこからも女性特有の包み込むような柔らかさを感じとることができます。キャメロンが母親であることも、大きく影響しているのかもしれません。

 

 

ジュリア・マーガレット・キャメロン《ハーバート・ダックワース夫人》1872年  ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館蔵 (C)Victoria and Albert Museum, London

ジュリア・マーガレット・キャメロン《ハーバート・ダックワース夫人》1872年 ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館蔵
(C)Victoria and Albert Museum, London

 

キャメロンが有名になったのは20世紀に入ってからのこと。

 

今だからこそ「モダン」と賞賛されるものの、当時としては相当斬新な試みです。これまでにない表現方法を写真に取り入れることで、キャメロンはまだ記録媒体にすぎなかった写真を芸術の領域に引き上げようとしました。

 

いつの時代も新しいことに批判や否定はつきもので、キャメロンの写真を芸術作品として当時から高く評価した批評家もいれば、厳しい批判や、嘲笑の的になることの方が圧倒的に多かったようです。

 

それでも独自の手法を変えることなく、自分の思う道を突き進んだキャメロンの写真に対する想いは、相当強いものだったのでしょう。おそらく男性優位だった時代に、写真というアートの分野で時代を切り拓いたキャメロンは、一人の女性の生き方という視点から見ても心惹かれるものがありました。

 

芸術としての写真の土台を築いたキャメロン。その存在を知らなかった人も、ぜひこの機会に彼女の独自の世界観に触れてみてほしいと思います。

 

(取材・文/開 洋美)

ジュリア・マーガレット・キャメロン《ポールとヴィルジニー》1864年  ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館蔵 (C)Victoria and Albert Museum, London

ジュリア・マーガレット・キャメロン《ポールとヴィルジニー》1864年 ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館蔵 (C)Victoria and Albert Museum, London

 

ジュリア・マーガレット・キャメロンの作品や関連資料、約150点の作品を一堂に展示。

ジュリア・マーガレット・キャメロンの作品や関連資料、約150点の作品を一堂に展示。

 

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From Life-写真に生命を吹き込んだ女性  ジュリア・マーガレット・キャメロン展

会期:7月2日(土)〜9月19日(月・祝)

会場:三菱一号館美術館

住所:東京都千代田区丸の内2-6-2

時間:10:00〜18:00(金曜、第2水曜、会期最終週平日は20:00まで)

休館日:月曜(ただし祝日の場合と9月12日は開館)

入館料:当日券一般1600円、高校・大学生1000円、小・中学生500円

[アフター5女子割]第2水曜17時以降は当日券・一般(女性のみ)1000円

問い合わせ:03-5777-8600(ハローダイヤル)

http://mimt.jp/cameron

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