Complicated Watch

2018.03.07

熱帯の自然と生き物たちが躍動し
美しい音色と共に華麗に時を告げる

腕時計の文字盤は大きくても直径わずか5cmほどのごく小さなステージ。この極小の舞台で、動物と自然が美しいショーを上演してくれる腕時計がある。この連載でもご紹介した“時計の中で小鳥が生きているように美しくさえずる”傑作「チャーミング・バード」に続き、2017年の年末に発表された、18世紀にオートマタと時計の名匠の名を現代に受け継ぐジャケ・ドローの最新作品だ。

 

Vol.9

『JAQUET DROZ TROPICAL BIRD REPEATER』

ジャケ・ドロー オートマタ コレクション トロピカル・バード・リピーター

 

ジャケ・ドローの偉大な業績を

発展させ、さらに未来へ

 

時計師として、また空気の力で小鳥が羽ばたきさえずる「シンギングバード」に代表されるオートマタ(からくり仕掛け)の製作者として、技術史に残る天才エンジニアとして、歴史に燦然と輝く父ピエール-ジャケ・ドロー(1721〜1790)と息子アンリ・ルイ-ジャケ・ドロー(1752〜1791)。彼らのクリエーションはあまりに素晴らしく、それゆえに彼らが逝去すると、途絶えざるを得なかった。

 

 

ジャケ・ドローの傑作のひとつ、ル・ロックル時計博物館の収蔵品である、ナポレオン1世の時代の帝国様式をまとったシンギングバード機構付きの置き時計。時を2つのゴングの音で知らせ、同時にシンギングバードが嘴を開き尾を振りながら回転してさえずる。また内蔵の10本のフルートとフイゴを使って6種類のメロディを奏でることもできる。2018年に修復が完成する予定。

 

 

しかし1990年代末、この名前は彼らを心から敬愛する人々の手で、時計ブランドとして2世紀の時を超えて甦った。そして同社を傘下に収めた世界最大の時計グループ企業・スウォッチ グループは2010年、ジャケ・ドロー父子の遺志と情熱を継承した活動を開始した。

 

 

©Yasuhito Shibuya
2017年のバーゼルワールド(バーゼルフェア)における、ジャケ・ドローの展示ブース。

 

 

父子の生まれ故郷であるラ・ショー・ド・フォンに高級時計のアトリエと、彼らの伝統技術を受け継ぐ装飾芸術工房「アトリエ・オブ・アート」を設立。彼らが情熱を注いだ芸術的なアートウォッチ、オートマタを搭載するコンプリケーションウォッチの開発をブランドの最大のアイデンティティーと定め、その企画・開発に取り組んだのだ。そして2012年から続々と発表されてきたのが、父子が最初に発明したとされているシンギングバード機構を「チャーミング・バード」に象徴される、一連のオートマタ機構内蔵のコンプリケーションウォッチだ。

 

 

熱帯のエキゾチックな風景を

直径わずか47mmの文字盤上に再現

 

その最新作である今回のコンプリケーションウォッチ「オートマタ コレクション」の最新作「トロピカル・バード・リピーター」は、この連載の第2回、2017年8月に紹介した「チャーミング・バード」とはまったく違うメカニズムと機能を持つ、腕時計としての機能ではそれをはるかに凌駕するオートマタ&ミニッツリピーターウォッチの傑作。

 

 

「チャーミング・バード」は2015年のジュネーブ・ウォッチ・グランプリで「メカニカル エクセプション(卓越した技術)」部門賞を獲得した。

 

 

 

 

外観ではすぐにはわからない、まずひとつ目の魅力的な機能は「時刻を音で教えてくれる」ミニッツリピーター。しかもハンマーで叩かれて音をだすゴングに、カセドラル(カテドラル=大聖堂)ゴングと呼ばれる、ケースの外周部を二重三重に取り巻くことで通常よりも長く重厚で余韻のあるタイプを採用。ケースサイズからは考えられない長3度の深みある音を実現。

 

さらに、この美しい響きを損なうことがないよう、ゴングを叩く速度と間隔を制御するレギュレーター(調速機)にも新開発の、ほとんど音がしないフライング・ガバナーを採用。整然と澄んだ美しいゴング音を実現すると共に、15分(クォーター)と1分単位の打刻の間にきちんとした間隔を確保している。

 

 

 

 

そしてこの上なく美しく芸術的な機能が、ケース左側のスライドレバーを引いたときに、ミニッツリピーター機構と共に作動する、4つのシナリオに基づく、7つのオートマタの12秒を超える華麗な動き。

 

ケース左側、9時位置にあるレバーを下にスライドさせると、いよいよ華麗なショーが始まる。時を知らせる鐘の音と共に、ミニアチュールペインティングで描かれた、生命の源である滝の水が流れ、文字盤左側中央ではハチドリが本物の鳥さながらに1秒間に40回以上もその小さく美しい羽根で羽ばたく。

 

さらに3時位置ではヤシの葉が動いてくちばしを開けたトカカクが姿を表し、文字盤右下では鮮やかなブルーの羽毛をまとったクジャクのオスが尾を広げては折りたたみ、その動きで存在を鮮やかにアピール。さらに9時位置の3匹のトンボが優雅に舞う。

 

 

眺めれば眺めるほど魅了される

立体絵画ダイヤル

 

動物たちの優雅で華麗な動きにまず目を、時を告げる美しい鐘の音に耳を奪われた後は、改めて最高峰の職人たちによる、熱帯の自然を立体的な彫刻と彩色から誕生した滝や植物、動物たちの姿をひとつひとつ、じっくりと鑑賞したい。

 

 

 

 

背景となっている滝と流れる水は、ホワイトのマザー・オブ・パール(真珠母貝)に彫刻と彩色を施したもの。そしてヤシの葉や熱帯の花々、トカカク、クジャク、ハチドリ、トンボはゴールド素材の彫刻に緻密なペイントを施すことで、現実の熱帯の自然そのままに鮮やかな輝きを放つ。さらにトンボには蓄光塗料のスーパールミノバも塗布されており、暗い場所では光を放ってその存在を主張する。

 

 

 

 

 

 

さらにラグやケースの側面には、動物のモチーフが手作業で彫刻されている。こちらもこのモデルの隠れた魅力のひとつ。また、シースルーのケース裏側から眺めることのできるムーブメントの美しさ、ミニッツリピーターが作動した際のドラマティックな動きや音の素晴らしさもぜひ鑑賞してほしい、世界でただ8本のみしか製作されないこの芸術的なコンプリケーションウォッチの見どころ。

 

 

 

 

このジャケ・ドロー父子がもし、現代にタイムスリップしてこの作品と対面したら、だれよりも感激し、この時計の開発・製造を担当した時計技術者やエングレーバー(彫刻職人)、ミニアチュールペインター(細密画家)たちを熱く抱擁したに違いない。

 

 

 

 

 

 

JAQUET DROZ TROPICAL BIRD REPEATER

ジャケ・ドロー オートマタ コレクション

トロピカル・バード・リピーター

 

手巻き/18Kレッドゴールドケース/ケース径47mm/ケース厚18.95mm/アリゲーターストラップ/非防水/カセドラルゴングによるミニッツリピーター機構/ハチドリ、クジャク、ヤシの葉、トンボのオートマタによるアニメーション機構/手作業による彫刻と彩色を施したマザー・オブ・パール文字盤/手作業による彫刻と彩色を施したレッドゴールド製のハチドリ、クジャク、トカカク、熱帯植物の葉、トンボ(さらにスーパールミノバを塗布)/ 60時間パワーリザーブ/世界限定8本。予定価格71,900,000円(税抜)/77,652,000円(税込)

 

問い合わせ先

ジャケ・ドロー ブティック銀座 TEL.03-6254-7288

www.jaquet-droz.com

 

(取材&文&写真・渋谷ヤスヒト)

 

PROFILE 渋谷ヤスヒト

ジャーナリスト、エディター、メディアプロデューサー。モノ情報誌編集部員時代の1995年から現在まで、スイス2大時計フェアや国内外のあらゆる時計ブランドの取材を一貫して続ける腕時計のエキスパート。他にもクルマ、カメラ、家電、IT機器、ファッション、トラベル、食まで、国内外のあらゆるモノとコト作りの現場取材を続けている。