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2018.05.21

縄文住居から現代建築まで400点以上を展示
建築の日本展:その遺伝子のもたらすもの

多くの日本人建築家たちが国際的に評価を得ているのは、古代から豊かな伝統を礎として、他に類を見ない独創的な発想力が建築に表現されているからではないか。六本木ヒルズ森美術館15周年記念展として、いま開催中の「建築の日本展:その遺伝子のもたらすもの」は、縄文の住居から最新の現代建築まで100のプロジェクト、400点を超える圧巻のスケールで日本建築の本質に迫っている。

 

(上)隈 研吾〈梼原・木橋ミュージアム〉 2010年 高知 撮影:太田拓実
(下)坂 茂〈静岡県富士山世界遺産センター〉 2017年 静岡 撮影:平井広行

 

世界が魅せられた日本建築の

わざ、こころ、かたちに迫る

 

日本の建築が、日本の建築家が世界中から注目され、高い評価を得るようになっている。この理由は実は、日本に脈々と受け継がれている伝統を背景に持つためではないだろうか。

 

そうした仮説をもとに構成された展覧会「建築の日本展:その遺伝子のもたらすもの」が、六本木ヒルズの森美術館で開催されている。400点を超える圧倒的な量の展示物、また趣向を凝らした体験型の展示内容で、これまで抱いていた「日本建築」へのイメージを揺るがす、意欲的な展覧会となっている。

 

「建築が日本文化を代表するようになっている」と指摘するのは、「建築の日本展:その遺伝子のもたらすもの」を開催している森美術館館長の南條史生氏だ。もし海外で知っている日本人の名前を何名か挙げて欲しいと聞いても、芸術分野ではそれほど出てこない。

 

それが日本人建築家といえば、かなりの割合で複数人の名が挙がってくる。丹下健三、谷口吉生、安藤忠雄、妹島和世などは、世界でも類を見ない独創的な建築家として知られている。

 

安藤忠雄〈水の教会(星野リゾート トマム)〉 1988年 北海道 画像提供:星野リゾート トマム

 

吉田五十八〈ロイヤルホテル メインラウンジ〉 1973年 大阪 画像提供:株式会社竹中工務店

 

歴史を紐解けば、かつて日本に「建築家」という人種はいなかった。江戸から明治の時代に入り、西洋の文化が流入し出してから、西洋建築も建築家も確立されてきた。明治が始まって、今年はちょうど150年目にあたる。この短期間で、ゼロから多くの世界的な建築家を輩出するに至ったのは、なぜだろう。

 

日本や日本人には、世界に通用する建築を生み出す「遺伝子」的なものが根付いているからではないか、と本展覧会の企画者である建築史家の倉方俊輔氏、監修者である建築家・建築史家の藤森照信氏は提示する。この見立てに基づき、本展覧会では9つのセクションで構成されている。すべて「日本建築は○○である」と言い換えられる内容で、古代から近代、現代に至るまでの数々の実例が裏付けとして示される。

 

北川原 温《ミラノ国際博覧会 2015 日本館 木組インフィニティ》 2015年 ミラノ

 

たとえば、最初に示されるテーマ「可能性としての木造」。「日本建築は、可能性としての木造である」と言い換えられ、木造に集約されている材料の特性やシステムなどが、実例を通して説明される。

 

入ってすぐのところに立ち現れるのは、北川原温氏によるインスタレーション「ミラノ国際博覧会2015日本館 木組インフィニティ」。奥行があって迫力のある木組みによる壁が、古来と未来の木造を象徴しているかのようである。

 

歩を進めると現れる展示では、壁の上部にテーマに関連した建築家らによる言葉と、それをキャッチフレーズとして現した活字が大きくあしらわれている。たとえば、菊竹清訓氏による「柱は力そのものの表現であり、素材そのままの柱が、空間に場を与える」という木造の架構が持つ原理と特性を言い表したフレーズ。

 

この下には、メタボリズムで知られる菊竹清訓氏の代表作である〈ホテル東光園〉の写真や構造を表す模型が置かれて、解説されている。天井高が5.5mある展示室の空間全体を使い、テーマのイメージを広げる概念から細かな説明までを行ったり来たりしながら鑑賞できる。

 

谷口吉生《鈴木大拙館》 2011年 金沢 撮影:北嶋俊治

 

〈古代出雲大社本殿〉 年代不詳/2018年(CG) 制作:後藤克典

 

千利休の作と伝えられる

日本最古の茶室建築〈待庵〉を現寸で再現

 

同じ木造のテーマでは〈古代出雲大社本殿〉〈平等院鳳凰堂〉〈東大寺南大門〉などの歴史的な日本建築、また「木割(きわり)」という大工に伝えられていた書物も並べて展示されている。現代建築や未来の建築との関連性を示すためである。

 

たとえば構造形式では〈東照宮 五重塔〉と共通する〈東京スカイツリー〉、架構形式では〈ティンバライズ200〉という木造超高層建築物が紐付けられる。つまり、上下だけでなく水平方向に、さらには時代も関連付けながら立体的に解説されるのが、本展覧会の特徴だ。いかにも建築展らしい展覧会ではないか。

 

最初の木造のテーマと同じように、残り8つのセクションでも熱のこもった解説が展開される。詳しくはぜひ足を運んでご覧いただきたいのであるが、このテーマ、一見すると要素にややバラツキがあるように感じられる。

 

しかし、それぞれの解説をじっくりと読み込んでいくと「確かに!」とか「そうだったのか!」と思わせられるはず。監修者の藤森照信氏は「印象は難しくても、なんとなく分かれば十分」と言っていた。気軽にでも、熱く勉強する姿勢で望んでも。幅広い方々にお勧めできる建築展である。

 

伝千利休《待庵》1581年頃(安土桃山時代)/2018年(原寸再現) 制作:ものつくり大学 ※参考図版

 

そして、体験できる展示が多いのも、本展覧会の特徴だ。実物大の〈待庵〉は、その一つ。千利休の作と伝えられ、現存する日本最古の茶室建築が、ものつくり大学の協力のもとに細部の部材や仕上げまでが忠実に再現されている。敷き詰められたチップ状のヒノキから立ち上る香りに包まれ、窓から見渡せる都心の景色の中で体感する極小空間は、忘れられないものになるはず。

 

また、戦後のモダニズム建築を牽引した建築家、丹下健三の自邸が3分の1のスケールで再現されている展示も、見どころだ。柱や梁などが宮大工により精巧につくり込まれているので、あたかも建物の中に入り、歩きまわったり佇むような錯覚を覚えるほど。

 

齋藤精一+ライゾマティクス・アーキテクチャー〈パワー・オブ・スケール〉 2018年 インスタレーション ※参考図版

 

そして、プロジェクションマッピングなどで有名なクリエイター集団「ライゾマティクス・アーキテクチャー」によるインスタレーション〈パワー・オブ・スケール〉もまた、必ず体験していただきたい。

 

ここでは、日本建築に使われる「単位」に着目して、日本建築の空間概念をレーザーファイバーと映像とで解きほぐされる。暗闇の中で全身を通じて作品に没入することで、建築学生が『設計資料集成』という分厚い本を読む何倍もの効果が得られるだろう。

 

丹下健三研究室 香川県庁舎執務室間仕切り棚 1955-58年 ほか ※参考図版

 

さらには〈香川県庁舎〉で使われている家具などに、実際に座れるコーナーも設けられている。一般的な展覧会では目にするだけの名作家具に、直に触れて居心地を確かめられる貴重な機会。こちらもじっくりと体験したい。

 

充実した解説と見どころ満載の展示により、これまでの日本建築や建築家への理解を深め、未来の日本建築へのイメージも強めることのできる、本展覧会。「日本建築」という壮大なテーマに対して、「遺伝子」という大きな網をかけて捉え、再構成して見せた企画チームの力量には唸るばかりである。ぜひ、再訪したいと思わせられた展示であった。

 

(取材・文/加藤 純)

 

建築の日本展:その遺伝子のもたらすもの

会期:2018年4月25日(水)~2018年9月17日(月・祝)

会場:森美術館

休館日:会期中無休

時間:10:00~22:00(火曜日は17:00まで) ※入場は閉館の30分前まで

料金:一般1800円、高校・大学生1200円、4歳~中学生600円、65歳以上1500円

住所:東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー53階

電話:03-5777-8600 (ハローダイヤル)

http://www.mori.art.museum

 

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