パリとアート

2018.02.23

ルーベンスからキース・へリングまで、
教会のアートが語る、さまざまな祈りの形。

日本の神社や寺で仏像や壁画に神々しいパワーを感じるように、ヨーロッパでも古くから芸術と宗教は親しい関係にあった。文字の読めない人にキリスト教の物語を伝えるため、あるいは人々にその尊さを感じさせるために彫刻や絵画が礼拝堂や祭壇におかれ、それを見ると信者でなくても敬虔な気持ちになったりするものだ。たいていはクラシックな絵やステンドグラスがその役目を担っているが、現代アートが教会に飾られることもある。思えば、ミケランジェロが描いたバチカンのシスティーナ礼拝堂『最後の審判』や、スペイン・トレドの複数の教会に見るエル・グレコの絵画など世界に名だたる数々の名画も、その時代の「現代作家」が教会のために制作したもの。アートと宗教は切っても切り離せない間柄にあったといってもいい。

 

 

パリのレ・アル地区にあるサン・トゥスタッシュ教会は、置かれるアートのバリエーションでは他に類を見ない。建築家、安藤忠雄の設計で美術館に生まれかわる改修プロジェクトが進行中の歴史建造物「ブルス・ド・コメルス」からも目と鼻の先。市内有数の規模を誇る教会の内部には、いにしえの名画から現代アートまで幅広い作品がおかれ、隠れたアートスポットになっている。もちろん入場は無料。人々の暮らしの一部にアートが融け込んだひとつの例といえるかもしれない。

 

まずは誰もがその名を知る16-17世紀の画家ルーベンス。フランドル地方という今のベルギーのアントワープに生まれたピーテル・パウル・ルーベンスは、王家や貴族の肖像画やたくさんの宗教画で知られ、教会に納められたものも多いが、ここは彼の名画『エマオの晩餐』が礼拝室の一つに飾られている。キリストが復活した場所、エマオという町での弟子達との交流のシーンだ。

 

ルーベンス『エマオの晩餐』

 

キース・ヘリング『オルターピース:キリストの生涯』1990 © Keith Haring Foundation

 

そして、もうひとつのお宝は、なんとキース・へリング。エイズに冒されわずか31歳の若さで世を去った彼が最後に残した作品『オルターピース:キリストの生涯』。ポップアート、ストリートアートの旗手として、原色を使ったカラフルなスタイルで知られる彼が最後に残したのは、ブロンズをベースに白色金の箔を施した神々しい一点。「トリプティック=三連祭壇画」と呼ばれる、3枚の板をつないだ伝統的な宗教画の手法で作られている。彼自身が粘土で型を制作し、鋳造され、全部で9つが世界各地におかれているが、彫り上げて2週間後に亡くなった彼は、この完成を見ることはなかった。

 

キース・ヘリング『オルターピース:キリストの生涯』1990 © Keith Haring Foundation

 

自身もHIV感染者であった彼は生前、エイズの啓発活動を支援してきたが、実はここサン・トゥスタッシュ教会もまた早くからこの活動をサポートしていた。キース・へリングは彼自身が愛し、多くの作品を残したパリにこの祭壇画を遺したいとしていて、その想いを継いだパリ市、そしてジョン・レノンとオノ・ヨーコの財団が協力して、エイズ啓発活動にゆかりのあるこの教会に寄贈したのだという。キリストや天使、民衆の姿を描きながらも、完全にキース・へリングのスタイルに染められたそれは、どの宗教画よりも強く素直に、私たち現代人の心に何かを伝えてくれるようだ。

 

そのほかにも、英国出身で、人物のレリーフ彫刻で知られた美術家レイモンド・マッソンが教会の目の前にあったパリ中央市場の移転の様子をコミカルに描いた『果物と野菜のパリからの旅立ち、1969年2月28日』。スイス出身で現在も活躍する美術家ジョン・M・アームレーダーの作品も礼拝室を彩る。

 

レイモンド・マッソン『果物と野菜のパリからの旅立ち、1969年2月28日』

 

この教会は、パリ司教区におけるすべての文化活動を支援する立場をとっていて、このほかにも新進芸術家の展覧会を開催したり、パリ市が年に一度10月に開催する徹夜のアートイベント「ニュイ・ブランシュ」に会場を提供。約8000本のパイプオルガンを使ったコンサートなども行われる。芸術家たちが魂を込めて創りあげる作品と、そこに力や、心のやすらぎを感じて集まる人々の姿・・・。時代によって芸術のスタイルは変わっても、そこに寄せる祈りの想いが変わることはない。

 

 

 

 

Eglise Saint – Eustache de Paris

サン トゥスタッシュ教会

146, rue Rambuteau, 75001 Paris

 

杉浦岳史/ライター、アートオーガナイザー

コピーライターとして広告界で携わりながら新境地を求めて渡仏。パリでアートマネジメント、美術史を学ぶ高等専門学校IESA現代アート部門を修了。ギャラリーでの勤務経験を経て、2013年より Art Bridge Paris – Tokyo を主宰。現在は広告、アートの分野におけるライター、キュレーター、コーディネーター、日仏通訳として幅広く活動。

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