Complicated Watch

2017.10.04

現代時計界のマイスターが作る
生と死、愛をテーマにした渾身の一作

腕時計はもはや「時を知る道具」ではない。あなたの時間を豊かに彩り、輝かせ、ドラマチックなものに変える、美しく感動的なアート作品だ。この開発と製作に取り組んでいるのは、歴史ある時計ブランドだけではない。実は世界的な時計ブームが起こった1990年代からこの分野をリードしてきたのは、独立時計師と呼ばれるスゴ腕の個人時計師たちだ。第4回目の今月は、そんな独立時計師のひとり、ピーター・スピークマリンの独創的で感動的な最新作品をご紹介する。

 

Vol.4

SPEAKE-MARIN『CRAZY SKULL TOURBILLION MINUTE REPEATER』

ピーター・スピークマリン

『クレイジー スカル トゥールビヨン ミニッツリピーター』

 

知られざる時計王国

イギリスの栄光を現代に

 

これまで紹介してきたファンタジックで芸術的な複雑時計の数々は、突然に生まれたものではない。14世紀末誕生した教会の塔時計に始まり、16世紀の携帯できるドラム型の時計、実用的な精度を実現した18世紀〜19世紀の懐中時計、そして20世紀に入って本格的に生産が開始された腕時計と、機械式時計の長い歴史と技術の集大成として生まれたものだ。そして、今ではほとんど知られていないことだが、18世紀〜19世紀の懐中時計の時代、現在のスイスのように、世界をリードする時計王国だったのがイギリスである。

 

18世紀後半に起きた産業革命でイギリスは鉱工業の先進国となり、大英帝国と呼ばれる世界帝国を築き上げた。そのとき、イギリスの機械式時計は蒸気機関と並んで、最も大きな役割を果たした機械のひとつ。時計を使ってさまざまな時間を管理することで工業生産の効率は飛躍的に向上した。

 

また産業革命の前にイギリスが「七つの海を制覇する」ことができたのも、イギリス人の時計師が発明で高精度な時計、マリンクロノメーターがあったから。この発明でイギリス海軍は自分がどこに居るのか、現在位置を正確に認識した安全な航海ができるようになり、その結果、世界No.1の海軍が誕生し、イギリスの世界制覇が実現したのである。

 

 

「スピーク マリン」を立ち上げたピーター・スピークマリンは1968年にこのイギリスに生まれ、17歳のときに入学したロンドンの技術系専門学校で時計製作の面白さ、奥深さに魅了され、時計師を志した人物。

 

スイスの名門時計学校に留学後、時計店や時計ブランド、さらに複雑機構やオートマタ(からくり機構)付きの芸術的なアンティーククロック、懐中時計などを専門に扱うアンティーク時計店で修理・修復を行いながら腕を磨き、1996年にスイスの複雑時計開発の第一人者ジュリオ・パピ氏が率いる複雑時計開発の専門工房、現在のオーデマ・ピゲ・ルノー・エ・パピに入社。世界でもトップクラスの時計師が集うこの環境の中で頭角を現した彼は2000年に独立。そして、母国イギリスの時計作りの伝統とスタイルを継承した芸術的な機械式時計を創作するべく立ち上げたのが「スピーク マリン」なのである。

 

 

 

Jクラス・コレクション リジリエンス 38MM 18Kローズゴールド

永遠の輝きを持つグランフー(高温焼成)エナメルの文字盤、独自スタイルの針、真円のケース、がっちりとしたラグ、懐中時計を彷彿させるリュウズなど、多彩な作品の中でも最もシンプルな1本であり代表作。SSケースモデルやブラックダイヤルモデルもある。自動巻き/18Kローズゴールドケース/ケース径38mm/シースルーバック/手縫いアリゲーターストラップ/約50時間パワーリザーブ/3気圧防水/2,950,000円(税抜)、3,186,000円(税込)

 

 

Jクラス・ コレクション ブラック ヴェルシェダ ゴシック42MM チタン

古典時計を彷彿させる1本針モデルの限定ブラック文字盤仕様。ブラックにクローム仕上げの針が映える。5時のインデックスに英文でシークレットサインが入る。名称は1933年製のクラシックヨットにちなむ。自動巻き/チタンケース/ケース径42mm/シースルーバック/手縫いアリゲーターストラップ/約50時間パワーリザーブ/3気圧防水/世界限定16本/1,900,000円(税抜)、2,052,000円(税込)

 

 

複雑時計界をリードする

スピーク マリンの集大成

 

優れた技術とアイデアでフランスの王侯貴族たちを虜にした時計史上最高の天才アブラアン・ルイ・ブレゲのように、世界中の時計愛好家が注目するピーター・スピークマリン。現在活躍する時計師の中でも、最高の知能と技を併せ持つ彼の活動は、実は「スピーク マリン」ブランドだけに留まらない。ハリー・ウィンストンの定番コンプリケーションモデル「ザ・プルミエール・コレクション・エキセンター・トゥールビヨン」も彼が開発したもの。革新的な複雑時計を開発・製造するために6人のトップクラスの時計師が集結したブランド「メートル・デュ・タン」のひとりとしても彼はコアな時計コレクターから熱い視線を浴びている。

 

そして今回紹介する『クレイジー スカル トゥールビヨン ミニッツリピーター』は、まさに彼のキャリアの集大成ともいえる芸術的で哲学的なスーパー・コンプリケーション(超複雑時計)だ。地球の重力が原因で起きる進み遅れ(姿勢差)を減らすトゥールビヨン機構と、時刻を内蔵のゴングをハンマーで叩いて教えてくれる、しかも3つのハンマーとゴングでメロディを奏でるカリヨン・ミニッツリピーター。2つの複雑機構が内蔵されていることは名前からも明らかだが、スピーク マリンらしいこのモデルの魅力は、文字盤の6時位置、ブラックやグレーの大きな、そして中央にあるレッドの小さなハートマークで構成されるオートマタ(からくり機構)。

 

 

ブラックまたはグレーのハートは2つのスカル(頭蓋骨)で構成され、レッドのハートはそのスカルの合わせ目から形作られているが、ケース左側にあるスライドレバーを上から下にスライドさせ、ミニッツリピーター機構を作動させると、時を告げる美しいゴングの響きと共に、文字盤の上で予想もしなかったドラマが起こる。

 

2つのスカルから構成されるブラックのハートが左右に開き、ハートを形作っていたレッドのカボションを中央にセットしたトゥールビヨン脱進機が姿を現し、同時に12時位置の巨大な「12」のローマ数字も動いて姿を変える。そして、3つのゴングによる美しい「時の演奏」が終わると、2つのスカルは閉じて再び2つのハートが姿を現す。

 

スカルは、西欧はもちろん世界のどの地域でも「生と死」を象徴するモチーフ。ピーター・スピークマリンはこのモデルの中に「生と死」を、そしてスカルで形作られる2つのハートで、生と死、生命の原点であり人が生きる上で欠かせない「愛」を表現したと語る。2つのスカルは男女であり、休みなく無常に流れる時間の中で起こる生と死、愛の姿がオートマタ機構となって、美しく正確に時を刻み告げるトゥールビヨンとカリヨン・ミニッツリピーター、2つの機構と融合しているのである。

 

SPEAKE-MARIN『CRAZY SKULL TOURBILLION MINUTE REPEATER』

ピーター・スピークマリン

『クレイジー スカル トゥールビヨン ミニッツリピーター』

 

ドクロ部分がブラック、またはグレーの2モデルを用意。

手巻き/チタンケース/プラチナベゼル/ケース径42mm/アリゲーターストラップ/トゥールビヨン機構、3つのハンマーとゴングを持つカリヨン・ミニッツリピーター機構/約72パワーリザーブ/3気圧防水/ユニークピース/45,000,000円(税抜)、48,600,000円(税込)

 

 

問い合わせ先

大沢商会 時計部 TEL.03-3527-2682

www.speake-marin.com/

(取材&文・渋谷ヤスヒト)

 

PROFILE 渋谷ヤスヒト

ジャーナリスト、エディター、メディアプロデューサー。モノ情報誌編集部員時代の1995年から現在まで、スイス2大時計フェアや国内外のあらゆる時計ブランドの取材を一貫して続ける腕時計のエキスパート。他にもクルマ、カメラ、家電、IT機器、ファッション、トラベル、食まで、国内外のあらゆるモノとコト作りの現場取材を続けている。