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2017.10.30

築85年のアートな銀座「奥野ビル」から
新たなデザイン&アートを発信

東京都中央区銀座一丁目。銀座のメインストリートである銀座中央通りからほど近い場所に、ギャラリーやアンティークショップが集まる古いビルがある。築85年を迎えた「奥野ビル」。近年、デザイン&アートの発信拠点として再注目されている奥野ビルを訪れた。

 

 

かつては「銀座アパートメント」と呼ばれ、銀座屈指の高級アパートだった「奥野ビル」。民間の住居では日本初のエレベーターを設置し、電話線も各部屋に引いていた。ビルの入るとその時代にタイムスリップしたような錯覚を覚える。

 

 

昭和初期のレトロデザインが往時のまま残る

タイムマシーンのような空間

 

高級ブランド店が軒を連ねる華やかな街というイメージが強い銀座だが、アートの街でもある。昔から画廊やギャラリーが多く、資生堂やポーラ、エルメスなど大手企業が運営するギャラリーもあるし、最近ではGINZA SIXの吹き抜けに飾られた草間彌生の南瓜のインスタレーションが話題になった。

 

銀座一丁目の「奥野ビル」も、アート、デザイン、アーキテクトというキーワードで注目されている場所のひとつ。昭和初期に贅を尽くして建設された当初の面影が随所に残っているため、一歩足を踏み入れるとタイムスリップをしたかのような感覚を味わえる。

 

 

本館と新館が連結した奥野ビルは、1932年(昭和7年)に本館が竣工し、2年後の1934年に隣接する新館が完成。今も外観や内装は当時のまま残され、レトロなデザインの貴重なビルだ。

 

 

各居室は約3.5坪程度のワンルーム。現在は20軒ほどのギャラリーやアンティークショップが入り、アートビルとしての人気が高まっている。廊下の轍(わだち)が、80年以上にわたり、多くの人々がここを歩いてきた足跡を物語っている。

 

 

個展の案内で埋めつくされた廊下の壁面。いまや銀座でのデザインやアートの発信拠点となっている。

 

 

もともとこの場所にはオーナーの奥野亜男氏の祖父が経営する工場があったのだが、1923年(大正12年)の関東大震災で倒壊してしまう。工場を大井町に移し、1932年(昭和7年)に銀座に残っていた土地に高級賃貸アパートメントを建設した。昭和に入って人口が急増し、住宅難が深刻化した時期だった。

 

設計を手がけたのは、同潤会アパートの建設部長も務めた川元良一氏だ。大震災にも耐えられる頑丈な建物を目指しながら、仕上げの美しさにもこだわった。しっかりとした梁も、階段の手すりも、機能や強度を高めながらしっかりとデザインされている。

 

 

屋上のある6階建てのビルだが、屋上につながる階段が今も残されている。

 

 

建設当時の状態をできるだけそのまま残そうと、しっかりとメンテナンスを継続。消火設備も万全で、水道管は圧のかかる上水道の配管をすべて取り替えている。消防ホースの収納ケースは木製、消火器のプレートもホーロー製と、昭和の面影が残る。

 

 

内廊下で本館と新館がつながっているが、階段はそれぞれにあるという不思議な構造。階段の手すりのデザインも美しい。

 

 

各居室は約3.5坪のワンルームだった。当初の名称は「銀座アパートメント」。エレベーターはデパートや銀行などごく一部の建物にしかなかった時代に、民間の住居としては日本で初めて設置し、電話線も各部屋に引いていた。風呂とトイレは共同で、トイレは各フロアに、大浴場は地下につくった。

 

高級住宅として誕生したころは目の前に三十間堀川(さんじっけんほりかわ)の柳並木があり、夕暮れ時になるとビルの前に縁台を出して住人が談笑しながら夕涼みをしたという。第二次世界大戦の空襲でも焼失することなく、戦後は徐々に事務所としての需要が高まっていった。

 

昭和50年代になると画廊やギャラリーが増え、平成に入ってからはアンティークショップも多くなった。そしていまでは、「レトロなアートビル」として不動の人気を得るようになっているのである。

 

 

銀座最古の手動式エレベーター。自動ドアではなく手動で開閉する。黄色い蛇腹のドアが珍しい。

 

 

停止階を矢印で示すインジケーターも当時のまま。フロアごとにデザインがそれぞれ異なっている。

 

 

手動式エレベーターや階段、床などに残る

昭和初期に建てられた高級アパートメントの面影

 

奥野ビルは、建設当時の状態をできるだけそのまま残そうと、しっかりメンテナンスを続けてきた。水道管は、圧のかかる上水道の配管をすべて取り替えている。外壁やエントランスのタイルが剥がれ落ちれば、剥がれたタイルをサンプルにして、できるだけ同じようなタイルをつくってもらって張り直す。

 

竣工当時から設置されているエレベーターは、モーターやロープ、カゴは新しくしているが扉はいまも自動ドアではなく手動開閉式のまま。カゴの停止階を矢印で示すインジケーターも当時のままだ。

 

長い年月にわたって数えきれないほどの人が歩いてきた廊下は真ん中がすり減り、轍(わだち)のように窪んでいるが、「それもこのビルの歴史。そのままにしておいてほしい」という住人たちの要望で修復していない。

 

年月を重ねるにつれ、昭和レトロなデザイン空間の特有性が際立つようになり、奥野ビルの個性に呼応するように特色のある店舗が増えていった。奥野ビルには約70室の貸し物件があるが、現在は20軒ほどがギャラリーやアンティークショップになっている。

 

 

ガレ、ラリック、ドームなど、フランスを代表するガラス作家の作品やオールドバカラを多数揃える「Salon de antique」。

 

 

ショーケースにも天井にもアール・ヌーヴォーやアール・デコの美品がずらり。

 

 

地下の大浴場があった場所に3年前にオープンしたセレクトショップ「CATHEDRAL」。洋服、靴、腕時計、バッグなどヴィンテージのような風合いを持つファッションアイテムを、ちょっぴりワイルドな空間に展示。奥野ビルでオープンするのが夢だったとか。

 

 

この歴史を刻んだ建物から、アートやデザインを発信。銀座の伝統を守りながらも新しいアートの拠点になっているのが、銀座ならではの趣を感じる、

 

奥野ビルでギャラリーやショップを巡ってデザイン&アートを楽しむのと同時に、昭和初期に建てられた貴重な「名建築」を隅々まで味わうこともできる。銀座を散策する時は、ぜひ奥野ビルに足を運んでみてはいかがだろう。

 

伝統を守りながらも新しいアートの拠点であることに、銀座ならではの趣と粋を感じることができるはずだ。

 

(取材・文/久保加緒里、写真・川野結李歌)

 

 

1910年代から1970年代を中心にヴィンテージ筆記具を揃える「Euro Box」。モンブラン、ペリカン、シェーファー、パーカー、パイロット、プラチナなどさまざまなブランドの万年筆の多くは、欧米のペンマーケットで買い付けてきたもの。アンティークのインク瓶もレトロな雰囲気を醸し出している。

 

 

絵画や工芸、写真、インスタレーションなどの展示を行うギャラリー「Art Space RONDO」。企画展がない期間は、オーナーの丸山則夫さんが夜明け前に撮影した写真を展示・販売していて、その日の朝に撮った写真が飾られることもある。

 

 

奥野ビル

住所:東京都中央区銀座1-9-8

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