パリとアート

2017.12.22

時代に衝撃を与えたあの建築家の傑作、
「サヴォア邸」を訪れる。

サヴォア邸(1931)

建築家、シャルル=エドゥアール・ジャンヌレ。

そう言われてピンと来る方は、かなり建築やアートに詳しいといえるだろう。1887年スイスに生まれ、1917年にパリに移ると、都市と建築に関する画期的な思想を打ち出し、世界に数々の作品を遺して、やがて「近代建築の三大巨匠」と称される人、そう「ル・コルビュジエ」のことだ。2016年に、東京・上野の国立西洋美術館をはじめ、彼の17におよぶ建築作品が世界遺産に一括登録され、あらためて話題になった。

 

世界的に有名なその代表作「サヴォア邸 ー Villa Savoye」が、パリ郊外のポワシーという街にある。そこは、クロード・モネも一時期居を構えたセーヌ川流域の自然豊かな場所。保険業を営んでいたというサヴォア家の別荘として注文・建設された住まいは、いまも広大な庭の中に白く凜としたたたずまいで建っている。

 

サヴォア邸が完成したのは1931年。近代化が進むにつれて、技術も人の意識も、それらが創りだすものも、めまぐるしく変化していた頃にあたる。1900年代の幕開け前後に、植物などをモチーフに流線の多い装飾でヨーロッパ中を華々しく席巻した「アール・ヌーヴォー」。1914年から4年つづいた第一次世界大戦のあと、より簡素で幾何学的、実用的なデザインが主流になった「アール・デコ」の潮流。そこからもっと装飾を削ぎ落として、むしろ装飾を嫌うようにシンプルさを目指した「モダニズム」のデザインへ・・・。ル・コルビュジエが建築家として精力的に活動していた20世紀の前半は、建築が大きくその形を変化させ、多様化していった時代だった。

 

パリに現存するアール・ヌーヴォー建築のアパルトマン(左・1901)、その隣はオスマン様式の建築(右)。

 

同じ頃、アートの世界も変化を遂げていた。例を挙げるなら、19世紀後半の印象派を超えてピカソらが提唱した「キュビズム」。それをもっと平面的に、線と色で構成したモンドリアンなどの「新構成主義」。さらに純粋な抽象絵画へと潮流が移っていく。技術の進歩が人々の心をとらえ、世界全体が機械的なものや、シンプルなものにあこがれていた時代。今でこそ、機能的な建築は当たり前のものになったけれど、なにしろ当時はまだパリ市内のアパルトマンが「オスマン様式」というクラシックで装飾豊かなデザインを主流にしていた頃。ル・コルビュジエの発想は衝撃的に新しく、驚きをもって迎えられた。

 

サヴォア邸 ー 室内から屋上庭園を見る

 

ル・コルビュジエは「柱」、床の「スラブ」、そして上下の部屋をつなぐ「階段」が建築の大事な要素だとした(ドミノシステム)。これを進化させて「サヴォア邸」では、「新しい建築の5原則」としてピロティ、屋上庭園、自由な設計、横長の連続窓、自由なファサードを挙げ、コンクリートやガラス、鉄などの新素材を用いてこの原則をすべて実現し、世に問いかけた。壁で支える必要がないため、空間を大胆に広く使え、幅9mを超える窓が室内を明るくして外の景色と一体化する。屋上の庭園は外からは見えず、住む人にプライベートな外部空間を与えてくれる。「住宅は住むための機械である」という言葉に象徴されるように、人間が快適に暮らせるための必要な機能を住まいに求める、それがル・コルビュジエの信条であり、その後、世界の建築界に大きな影響を与えつづけることになった理由でもある。

 

室内のリビング。大きなガラス面は屋上庭園のテラス側にある。

 

浴室

 

らせん階段

 

水栓など設備もミニマム

 

とはいえ、煉瓦や石を積み上げ、木で床を組み上げ、そこに重厚なヘリンボーンの床材などを張っていたそれまでの住まいに慣れた当時の人々の目に、この建築と空間はいったいどう映っただろう。ましてや別荘の注文主の思いはいかに。新しい創造に挑む人の成功の裏に、それを認め、後押ししてくれる人々の存在があるのは、古今東西変わらない。

 

その後、パリでこのモダニズム建築が席巻したかというと、そうでもなかった。今なお人気のアパルトマンは19世紀から20世紀初頭にかけて多く造られたオスマン様式かそれ以前の建築。筆者の自宅も1911年に造られたクラシカルなスタイルだが、まわりのフランス人を見ているとその中を改装しつつ、若干の不便さを我慢しながら、それを時折自分の手で直しながら暮らしていくことを、むしろ歓びとしているふしがある。おかげで古いアパルトマンでは年がら年中、どこかで壁や床を叩く音がしている。ル・コルビュジエの考えた合理性は、第二の母国フランスの都市を大きく変える力にまではならなかったようだ。

 

それでも「サヴォア邸」をはじめ、彼の思想が世界の建築の歴史を変えた事実に異論をはさむ余地はない。パリの凱旋門広場の下から高速郊外鉄道に乗って40分あまり。おだやかな丘の景色の中に立つ建築を眺めながら、日本をふくめ世界に与えたインパクトに思いを馳せてみたい。

 

 

Villa Savoye サヴォア邸

82 rue de Villiers, 78300 Poissy

 

パリ市内からはRER(高速郊外鉄道)A線でPoissy行きに乗車し終点「Poissy」駅で下車。駅前バスターミナルから50番を利用し「Villa Savoye」で下車目の前。または駅から徒歩23分程度。

 

(「サヴォア邸」ウェブサイト)

http://www.villa-savoye.fr