デザインインフォメーション

2016.02.01

白い空間に浮遊する現象とシステム
サイモン・フジワラ ホワイトデー

ベルリン在住の若手アーティスト、サイモン・フジワラの、国内美術館での初個展が東京オペラシティアートギャラリーで開催中だ。国際的なバックグラウンドを持つ彼の眼を通した気付きと世界観は、鑑賞する私たちに「あたりまえ」とは何かを問いかけてくる。「ホワイトデー」と題した展覧会から、サイモン・フジワラの用意したギフトを受け取っていただきたい。

 

「ホワイトデー」をタイトルに選んだサイモン・フジワラの国内美術館での初個展。白い空間に多彩な作品がちりばめられている。

「ホワイトデー」をタイトルに選んだサイモン・フジワラの国内美術館での初個展。白い空間に多彩な作品がちりばめられている。

 

 

コスモポリタンな眼を通じて浮かび上がる現象とシステム。

「あたりまえ」とは何かを考えさせる展示

 

サイモン・フジワラは日本人の父とイギリス人の母との間に生まれ、日本を含めて世界各地で幼少期を過ごしたという。イギリス・ケンブリッジ大学で建築を学び、ドイツ・フランクフルト造形美術大学で美術を専攻。現在はベルリンを拠点に活動を展開する。

 

特定の地域や国、また時代での常識が、場所や時間を移すと非常識ということは多々ある。コスモポリタンな感覚を持つサイモン・フジワラは、そうした現象を鋭敏に察して作品へと展開し、鮮やかに浮かび上がらせている。

 

これまで彼が各国で展示をする際には、自身の関心事だけでなく、その場所に合わせたお題を設定しているようだ。

 

今回、母国で初となる大規模な個展にあたって、彼は格好の題材を選んだ。「ホワイトデー」である。そう、ヴァレンタインデーにチョコレートをもらった男性が、お返しのプレゼントを贈る習慣・イベントだ。

 

ヴァレンタインデー自体、日本の製菓会社が欧米の慣習を輸入し変形してつくった商業的な仕掛けといわれている。恋という感情が消費社会のなかで物品に形を変え、感謝も再び律儀に物品で表される。そう書くと身も蓋もない気もするが、商業主義の中で完結する、なんとも見事なシステムではないか。

 

「ホワイト・ギフト」(2016)。暗く細長い空間から始まる最初の作品。ロンドンの人気百貨店の紙袋に入れられた毛皮のコートが、ホワイトデーのプレゼントを思わせる。

「ホワイト・ギフト」(2016)。暗く細長い空間から始まる最初の作品。ロンドンの人気百貨店の紙袋に入れられた毛皮のコートが、ホワイトデーのプレゼントを思わせる。

 

左:続いてスポットライトを浴びる「無題(梅の木)」(2016)。右:床に散りばめられた小銭に導かれるように進む。

左:続いてスポットライトを浴びる「無題(梅の木)」(2016)。右:床に散りばめられた小銭に導かれるように進む。

 

「驚くべき獣たち」(2016・個人蔵)。生物産業の素材である毛皮がもつ多面的な問題を問う。

「驚くべき獣たち」(2016・個人蔵)。生物産業の素材である毛皮がもつ多面的な問題を問う。

 

左:「再会のための予行演習」(2011-2013・石川コレクション〈岡山〉)。疎遠だった父親とバーナード・リーチの作品とそっくりなものをつくろうとして、うまくいかずに作品を壊した。右:「フェニックス 3D」(2015・個人蔵)。ベルリンの地下鉄駅に設置されていた鷲の彫刻作品。鷲の文様は戦後、ファシズムの敵とみなされて公共の場から撤去された。

左:「再会のための予行演習」(2011-2013・石川コレクション〈岡山〉)。疎遠だった父親とバーナード・リーチの作品とそっくりなものをつくろうとして、うまくいかずに作品を壊した。右:「フェニックス 3D」(2015・個人蔵)。ベルリンの地下鉄駅に設置されていた鷲の彫刻作品。鷲の文様は戦後、ファシズムの敵とみなされて公共の場から撤去された。

 

 

展示は、照明の光を絞った、暗く細長い空間から始まる。

 

題名にちなんでか、会場には真っ白なパンチカーペットが敷かれている。最初に置かれている作品は「ホワイト・ギフト」。ロンドンの人気百貨店の紙袋に入れられた高級そうなコートか何かは、ホワイトデーでのプレゼントを思わせるものだ。

 

続いてスポットライトを浴びるのは「無題(梅の木)」。散りばめられた小銭に導かれるように進むと、広い大展示室に出る。ここも床・壁と真っ白いミニマルな空間で、手前側はゆったり、だんだんと密度濃く作品が展示されている。

 

今回、サイモン・フジワラ自身が展示会場の構成に関わったという。建築を学んだ彼が、立体的また奥行を意識して作品を配置していったことが窺われる。ちなみに、会場の作品にはそばに置かれる作品名や解説のプレートが一切ない。

 

入口で渡される紙に書かれたテキストを手がかりに、作品を読み解いていく。こうした来場者の足取りは会期を通じて白いカーペットが変色することによって残され、それがまた作品となるように意図されているようだ。

 

「乳糖不耐症」(2015・個人蔵)。北朝鮮の国家的な絵画・彫刻制作工房に注文して描いてもらった、コップに入った牛乳の絵。北朝鮮では生乳の生産が行われていないというが、その理由は明らかにされていない。

「乳糖不耐症」(2015・個人蔵)。北朝鮮の国家的な絵画・彫刻制作工房に注文して描いてもらった、コップに入った牛乳の絵。北朝鮮では生乳の生産が行われていないというが、その理由は明らかにされていない。

 

「名刺」(2016)。日本の社会における組織の意味を拡大した名刺で表現。

「名刺」(2016)。日本の社会における組織の意味を拡大した名刺で表現。

 

左:「驚くべき獣たち」に関連して、会場内にガラスで覆われた特設の工場を設置。会期中に手作業で作品が生産される。右:「ミラー・ステージ」(2009-2013・石川コレクション〈岡山〉)。サイモン・フジワラがアーティストになるきっかけとなったパトリック・ヘロン《水平のストライプの絵画》との出会いを映像表現。

左:「驚くべき獣たち」に関連して、会場内にガラスで覆われた特設の工場を設置。会期中に手作業で作品が生産される。右:「ミラー・ステージ」(2009-2013・石川コレクション〈岡山〉)。サイモン・フジワラがアーティストになるきっかけとなったパトリック・ヘロン《水平のストライプの絵画》との出会いを映像表現。

 

 

余白を読み取る、背景を感じる。

ミックスされた作品展示から見える光景

 

作品を見ながら進むと気づくのは、個々の作品のなかには、先の「無題(梅の木)」と小銭のように、相互が混ざり合うように展示されていることである。

 

また、天井の高さも活かして高い位置にも配しながら、立体物や絵画、映像など多彩な作品が展示されている。会場がミニマルであるぶん、モノとモノとの関係性、モノと空間との関係性が強調される。

 

一つの作品で完結させず、余白も交えながら、互いの背景や意図が混ざり合うようにも考えられているのだろう。多くを解説すると、訪れる際の楽しみが減ってしまうので詳細には触れないが、鑑賞する際にはぜひミックス具合に着目していただきたい。

 

もう一つ気づくのは、作品自体には特定の結論や回答があるわけではない、ということである。

 

あくまでも鑑賞者に、身の回りにある社会に張り巡らされたシステムを意識させるきっかけを与える役割に徹している。普段手にする名刺でさえ、大きく引き延ばすことで、社会システムを端的に現した合理的な形式であることに気付かされる(「名刺」、2016年)。

 

「レベッカ」(2012・石川コレクション〈岡山〉)。16歳のレベッカは、2011年のロンドンの暴動で逮捕された貧困層の若者。更生プログラムの一環として、中国を訪れた際に兵馬俑を訪れ、古代の大量生産を目にする。そのレベッカの全身を型取りした石膏像は、現在まで130体あまり制作されている。

「レベッカ」(2012・石川コレクション〈岡山〉)。16歳のレベッカは、2011年のロンドンの暴動で逮捕された貧困層の若者。更生プログラムの一環として、中国を訪れた際に兵馬俑を訪れ、古代の大量生産を目にする。そのレベッカの全身を型取りした石膏像は、現在まで130体あまり制作されている。

 

展覧会名のホワイトデーにしても、シニカルなようでありながら社会性をもった現象を切り取るだけで、肯定も否定もしていないことは明白だ。鑑賞者は、作品に触れて自分で感じたことをつなぎ合わせながら、ものごとの本質を確かめるように促される。

 

また、作品の根底に共通しているのは「人の手」ではないか、とも感じられた。展示作品のなかには、他者も含めて膨大な手数がかけられているものが含まれている。

 

後半の展示室にかけて配される圧倒的な塑像群「レベッカ」もそうであるし、「驚くべき獣たち」という作品では会場にガラスで覆われた特設の工場が設置され、会期中にも手をかけて生産される。

 

「ハロー」という映像では、手そのものがガイドして人の豊かさや幸せの多様性を問いかける。古今東西で共通する人の手を介在することで、自分が知らずのうちに築いてきた価値観に揺さぶりがかけられていくのである。

 

最後のほうには昨今のコンペで話題となった新国立競技場について、サイモン・フジワラ流のプロポーザル模型が展示されている。今回の展示期間中に制作されたというが、完成度が高い。

 

流線型のフォルムは、あたかもこの会場で展覧会を開催したザハ・ハディドの案を意識したものかのように思える。もちろんここからは、日本の建築界や建設業界の独自性、また日本人の建築に対する見方が感じられてくるから不思議だ。

 

会場にある「ミラー・ステージ」という映像で、出演する少年は哲学の話題に関連して「問うことが、答えよりも大事なんだ」と話す。この展覧会はつい深読みしたくなり、私たちの日常に問いかけるものになるに違いない。

 

なお、ホワイトデーにはカップル割引が適用され、3/12〜14の3日間にカップルで来場の場合、ひとり分が無料となるという。ヴァレンタインデーのお返しとして、この展覧会に訪れるカップルはどのような言葉を交わすのだろうか。作者の関心事は今、そこにあるはずだ。

 

(文・加藤 純、写真・川野結李歌)

 

左:「私」(2015・個人蔵)。ドイツの引き出し式ゴミ箱の縮小版をを銅液でコーティング。生産される物質とその再利用という資本主義の論理を具現化した。右:「精一杯の努力」(2016年・個人蔵)。新国立競技場のプロポーザル模型は、展示期間中に即興的に制作されたという。

左:「私」(2015・個人蔵)。ドイツの引き出し式ゴミ箱の縮小版をを銅液でコーティング。生産される物質とその再利用という資本主義の論理を具現化した。右:「精一杯の努力」(2016年・個人蔵)。新国立競技場のプロポーザル模型は、展示期間中に即興的に制作されたという。

 

左:「ハロー」(2015・個人蔵)。手そのものがガイドして人の豊かさや幸せの多様性を問いかける映像作品。右:「非常用持出袋」(2016)。展覧会場の最後に待ち受ける作品。

左:「ハロー」(2015・個人蔵)。手そのものがガイドして人の豊かさや幸せの多様性を問いかける映像作品。右:「非常用持出袋」(2016)。展覧会場の最後に待ち受ける作品。

 

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サイモン・フジワラ ホワイトデー

会期:2016年1月16日(土)~ 3月27日(日)

会場:東京オペラシティ アートギャラリー

開館時間:11:00-19:00

(金・土は20:00まで/最終入場は閉館30分前まで)

休館日=月曜日(祝日の場合は翌火曜日、3月14日は開館)2月14日(日)全館休館日

入場料=一般1200円/大・高生1000円/中学生以下無料

住所:東京都新宿区西新宿3-20-2

電話:03-5770-8600(ハローダイヤル)

http://www.operacity.jp/ag

 

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