アーティストインタビュー

2015.08.31

「環境を通して、人を健康に幸せにする」
ドムスデザイン代表、戸倉蓉子さん

ナースから一級建築士に転身を果たした異色の経歴を持つ戸倉蓉子さん。オール女性スタッフによるドムスデザインの代表を務め、医療とイタリア・ミラノ留学を生かして、病院・クリニック・マンションづくりで上質な人生と輝く生き方を応援している。大切にしている「環境を通して、人を健康に幸せにする」とはどのようなものなのか、戸倉さんの生き方と仕事への取り組みに迫る。

 

 

イタリア感覚にあふれ機能ではなく女性の感性に訴えたマンション「Chicca Kyodo(キッカ経堂)」。

イタリア感覚にあふれ機能ではなく女性の感性に訴えたマンション「Chicca Kyodo(キッカ経堂)」。

 

 

人の内側から元気になる空間をつくるために

建築の仕事をはじめる

 

――戸倉さんは、看護師からインテリアデザイナーという異色の経歴をお持ちです。なぜ医療業界から建築業界に転身されたのですか?

 

大学病院で看護師をしていたときに患者さんと接していて、治療で疾患をよくすることはできても元気になるとは限らないと痛感しました。心がよくならないと、健康にはならないんです。

 

白血病の少女を担当していたのですが、彼女はいつも無表情でした。清潔な病室で先進の医療を受けて数値は安定していても、幸せを感じられなかったんだと思います。ところが、ある日、彼女の病室に1輪のガーベラを届けたら、花を目にした瞬間、満面の笑みを浮かべて「ありがとう」と言ってくれたんです。

 

明日に向かって生きるエネルギーを生み出すことができるのは、光や風、香りなどの環境なんだと感じました。内側から元気になる空間をつくりたいと思うようになり、建築の仕事をはじめました。

 

 

(上)中庭がイタリアの街歩きのように楽しい「La Bella Vita(ラ・ベラ・ヴィータ)」。(下左)南ヨーロッパのリゾート地をイメージした「信濃町弐番館」。(下右)エントランスのアーチが心地よい「Bella Flore(ベラ・フローレ)」。

(上)中庭がイタリアの街歩きのように楽しい「La Bella Vita(ラ・ベラ・ヴィータ)」。(下左)南ヨーロッパのリゾート地をイメージした「信濃町弐番館」。(下右)エントランスのアーチが心地よい「Bella Flore(ベラ・フローレ)」。

 

 

イタリア留学で学んだ

「生き生きと暮らせる空間」づくり

 

――戸倉さんは、イタリア的な要素を多く採り入れた建築デザインを数多く手掛けています。イタリアのデザインに注目された理由を教えてください。

 

建築を勉強しようと思ったとき、アメリカからパリ、ロンドン、イタリアを巡ってさまざまなデザインや建築を見て廻りました。パリもロンドンも歴史のある建物が多く威厳はあったけれど、どこか暗い印象だったんです。ところが、同じヨーロッパでもイタリアは色彩に溢れていて、暮らしている人もみんな笑顔で、街全体がとても魅力的に感じられました。

 

独立してインテリアコーディネートの会社を設立してから、大学病院の近くに建てる賃貸マンションの内外装デザインの依頼を受けました。女性の看護師さんに興味を持ってもらえるデザインというご要望だったので、イタリアから大理石やタイルを取り寄せて開口部にアーチも設けました。

 

でも実際に施工するにあたってはタイルをどうやって貼るのかも理解できていなかった。もう一度きちんとイタリアの建築とデザインを学び直したいと思って、ミラノに建築留学をしたんです。

 

――イタリアではどのような勉強をなさったんですか?

 

学校ではインテリアデザイン科に所属して、語学を学びながらインテリアデザイン、インダストリアルデザイン、エディトリアルデザインなどデザインに関する科目を幅広く履修。デザインのテクニックを身につけました。

 

また、ミラノ郊外にステューディオを構えている建築家、パオロ・ナーバ氏の下で「コンセプトを中心としたモノづくり」を徹底的に学びました。日本では敷地をどう活用するかというアプローチが多いんですが、イタリアでは「どんな暮らしがしたいのか」、「どんな将来を考えているのか」というところを大事にするんです。

 

――イタリアの魅力とは

 

イタリアには、デザインプロセスで人生を豊かにしていこう、という発想があるように思います。歴史的、文化的なストーリーのあるものに囲まれて過ごすことで、暮らしのなかでエネルギーをもらっているんです。

 

人を元気にする空間をつくりたいと考えていた私にとっては、まさに理想的でした。イタリア人の暮らしを目の当たりにしてから、高齢になってもますます自分らしく元気で生きていかれるデザインを目指そうと思うようになったのも必然かもしれません。

 

――戸倉さんは、一貫して「生き生きと暮らせる空間」をデザインし続けていますね。

 

近代の日本は「モノを選ぶ」という風潮が強くなっていますが、どこで切り出した石なのか、どんな木なのか、どういう歴史のある工房でつくったタイルなのかなど素材の持つストーリーを含めたイタリア的発想で住まいをご提案すると、施主さんご自身もストーリーに興味を持つようになって暮らしそのものが変化したりします。

 

2003年には、イタリアの町づくりの手法を取り入れてマンションをデザインしました。共用部には石や鉄をふんだんに使って、屋上庭園をつくり、光や風や水の音が感じられる路地や中庭を設けてベンチを置きまました。五感で楽しめる空間を目指したんです。

 

看護師時代からの念願が叶って、2009年から医療施設のデザインにも携わるようになりました。最初に手掛けたのは人間ドックや検診など予防医療にも力を入れている群馬県高崎市の「黒沢病院付属ヘルスパーククリニック」で、病院でありながらゆったりと寛げる空間に仕上げました。家具はイタリアでつくり、検診着も10色用意してお好みの色を選んでいただけるようにしたんです。

 

 

病院でありながらゆったりとくつろげる空間の「黒沢病院付属ヘルスパーククリニック」。

病院でありながらゆったりとくつろげる空間の「黒沢病院付属ヘルスパーククリニック」。

 

 

(左)打ち合わせ中の戸倉蓉子さん。(右)イタリア政府認定デザイナーの証明書。

(左)打ち合わせ中の戸倉蓉子さん。(右)イタリア政府認定デザイナーの証明書。